最終章 【初秋】
1988年 昭和63年6月 高校三年
監督から
『来週はウチのグランドで基町高校と試合だ』
『高橋!先発でいくから準備しとけよ』
リュウジはそう告げられた。
動揺するリュウジ
親友のカズヒロはリュウジとバッテリーを組んでいた。
リュウジの動揺を見逃さないカズヒロ
練習が終わり、部室で弘和がポツリと呟く
『おいリュウジ、基町高校って、お前の元カノがマネージャーしてたよな?』
それを聞いたチームメイトは・・・
『うそ?高橋の元カノって基町のジャーマネなんだ?』
『え?マジ?かわいいの?』
『高橋、お前緊張するだろ?』
『リュウジちゃんとストライク入るんか?』
『俺、口説いちゃっおっかな~?』
と、チームメイトに好き放題イジられる。
さらに加速するカズヒロ
『リュウジがあっちこっちのマネージャー口説くからだろ』
『お前マネージャー好きだよな』
『リュウジ、今日からお前、【ジャーマネハンター】な!』
カズヒロの命名に部室は大爆笑
『仕方ねぇだろ、ウチは男子高校みたいなもんだし、マネージャーくらいしか知り合う女居ねぇし』
リュウジはそう弁解するのがやっとだったみたい。
そんなリュウジだから、ともかに気持ちは残ってるはずもなく、ただ元カノに会う気まずさだけしかなかったという。
一方、そよぎともかは別れてからもリュウジへの想いは消えていない。
その時ともかは好きな人も出来ず、地味に高校生活を過ごしていた。
リュウジの高校と試合をする事を知ったともかは、リュウジのプレーする姿を見る事を楽しみにしていた。
リュウジはともかがそんな事を思ってると考えもしていなかった。
そして試合の日
いつもより気合が入っているリュウジ、ともかにはカッコ悪い姿は見せられない
アップしながらグランドを走っていると、ともかの高校の部員がゾロゾロと入ってくる
その一番後ろに、ともかの姿を確認したリュウジ
ともかと一瞬視線が合うが、直ぐに視線を背けたともか
『もう、アイツは野球部の誰かと付き合ってんだろうな』
『まあ、別にどうでもいいけど』
リュウジは心の中でそう考えていた。
試合が始まりホームのリュウジの高校が後攻。
先発のマウンドに上がるリュウジ
3塁側のベンチでは、ともかがスコアブックをつけている
初回から制球が定まらないリュウジ
捕手カズヒロはマウンドに駆けつけ
『お前、なにリキんでんだ?ド真ん中に来いよ』
そう伝えるが、ともかには無様な姿だけは絶対見せたくなかったリュウジは、ますます力みフォアボール連発。
結局、試合には勝ったものの、カッコイイ姿は見せる事は出来なかった。
試合後、ともかとリュウジは話しをすることも、顔を合わせることも無かったという。
1988年 昭和63年6月
高橋リュウジが梵ともかの姿を見たのは、この時が最後だった。
1989年 平成元年
リュウジは東京へ就職し、ともかは大阪の短大へ、完全に二人は別々の道を歩み始める。
そして25年後・・・
2014年8月
リュウジは結婚をし、普通の家庭を築いていた。子供の頃から釣りが好きだった彼は東京湾のシーバスを追い続けていた。
長年続けていたリュウジのブログは【Realアジング】並みのアクセス数が有るという。
とはいっても彼は仕事が忙しく、今年に入って全く記事は書いていなかったし釣りも殆んど行けなかったらしく休日も度々、出勤していた。
そして大きな【土砂災害】がリュウジの地元、広島を襲う。
幸いにも、リュウジは東京に住んでいたし、実家も大きな被害を受けたエリアからは数キロ離れていて無事だった。
地元の広島が気になりながらも、平穏な日々を送っていたある日
携帯電話に一通のSMSメールが届く
普段、消費者金融の勧誘メールや出会い系サイトのメールがガンガン届くリュウジの携帯電話
相変わらず遊んでいたのだろう。
SMS?
090-35○○-28○○
誰だ?
メール送信者の番号に心当たりはなかったが開いてみた。
[突然で驚かせてしまったらごめんなさい。釣りのブログみて、きっと高橋くんだと。広島の災害でご実家は大丈夫でしたか?気になっていて。そよぎ]
(Real全文章)
ん?なんだこれ?
広島出身のリュウジは災害後に安否確認や実家を心配してくれた旧友等からメールをもらっていたが、そのSMSは意味不明なメールだった。
誰これ?
そよぎ?
もしかして・・・
そよぎともか?いや違うだろ、20年以上も前の話だし・・・
彼はあの「梵ともか」を高校3年の時の試合で見かけた以来、一度も見た事もないし連絡もとった事もなかった。
ましてや長い間地元を離れ、同級生とは疎遠になっていた
俺の電話番号なんか知らないはずだ。
もし、最後の3文字が名前の『そよぎ』だとしてもテキトーな名前で勧誘してくる【荒手の悪徳商法】か?
それとも、あの『梵ともか』は道を外れて昔の知り合いに片っ端からメールして何か悪い事してんのか?
リュウジはそう思っていた。
いや、待て、そうだとしても俺の携帯番号は絶対に解らないはずだよな
そう思いながらもリュウジは思い切って返信してみた
[そよぎって、梵ともかさん?]
これで一発回答が無ければアヤシイな。
リュウジはこの手の悪質なマンション購入の勧誘電話等の兄ちゃんを電話越しに弄ぶのが大好きらしい。
面白いお兄さんから電話が無いかと楽しみで仕方ない様子で待っていた。
すると・・・
[はい。やっぱり高橋くんだったんだ。]
返信が返ってきた
益々、解らなくなるリュウジ
この文面だけでは判断できないと考える
梵ともか、彼女だとしても何故?
アヤシイけど白黒をハッキリさせたいリュウジは地元の人間しか解らないレアな話しを混ぜて2・3やり取りをしてみたら、梵ともかだという事には間違いなさそうとだと感じる。
そしてリュウジは思い切って電話を掛けてみる事にした。
電話の向こう側から聞こえてきたのは
あの若かった頃のともかと同じ声であった。
リュウジは懐かしさと嬉しさでお互いの近況を報告しあったり、昔話で盛り上がったという。
ともかは、一流企業に就職し結婚もして大阪に住んでいた。
ただ、リュウジには1つ気になる事が有った。
『で、なんで俺の電話番号を知ってるの?』
ともかに聞いてみた。
土砂災害以降、ともかはリュウジの事が気になっていたという。
しかし、リュウジの連絡先を知る手掛かりになるものは1つも無かった
色々考えた挙句、ともかはリュウジが昔大好きだった釣りを思い出し、ネットで色々と検索したという。
そこにリュウジのブログらしき記事の中で電話番号を見つけた、ともか。
しかし、SMSという限られた文字数の中で伝えるのは難しい
【ともか】ではなく彼女のレアな名字、【そよぎ】を最後に入れる事でリュウジに伝わるかも知れないと。
そして、違ったらどうしようという不安になりながらも思い切って連絡してみたのだという。
それを聞いたリュウジは胸が締め付けつけられる思いだった
あれから25年
リュウジにとって、ともかは、数ある【淡い青春の物語】の中のひとりの彼女という存在だけであった
しかも、当時のともかは自分の想いを伝える事が出来ず、リュウジも同じようにともかの気持ちが解らないまま過ぎた時間
なのに、自分の事を心配していてくれた
擦れきった生活の中で久しぶりに感謝の気持ちが湧いてくるリュウジ。
しかし、彼は込み上げる気持ちを抑え、ともかに悟られない様に軽い口調で会話を続けた。
彼女は当時の本当の気持ちを伝えてくれた
それは当時リュウジが思っていたともかのイメージ、高飛車で冷静で自分に対する気持ちも良く解らないともかとは全く違うものだった。
考えられないくらい健気で一途だった中学生の時のともかの気持ちや行動を聞いているうちに益々胸が締め付けられたという。
それでもリュウジは
『バカだね~あの時素直に伝えてくれてたら、もしかして?』
『高橋ともか になってたかもね!』
『ああ、でも無理か!俺女癖悪いから!!』
笑い飛ばす様にそう言った。
ともかも笑いながら
『だよね、何となくわかる気がするよ!ジャーマネハンターだったんでしょ?』
そして
『わざわざ、ありがとう!じゃあいつかまた!』
リュウジはそう言って会話は終わったという。
こうして、高橋リュウジと梵ともかは25年の長い空白の時間を超えてようやく当時のお互いの本当の気持ちを伝えられたという。
しかし・・・
泣き声を押し殺して無理やり笑いながら話していたともかの声
それがどいう事なのか
ともかの涙が純粋に懐かしさだけではない事をリュウジは気付いていた
しかし、どうする事も出来ない自分をぐっと飲み込むことしか出来なかったという。
25年ぶりの【淡い青春の物語】は完結出来ずに終わりを迎えた。
そして、リュウジは久しぶりの東京湾にただ黙々と無心でルアーを打ち込んでいた
完
尚、この物語の人物名やその他の名称等は全て仮名である、その他は実在する人物の証言を基にしたRealなノンフィクション物語である。
おしまい。