爆釣記事に刺激を受けてポイントを特定する
記事の画像を分析
海猿はどこで爆釣しているのか?
そんな読者は沢山居るだろう。
それはアングラーなら当たり前の事であるし…
自分もかつてはブログ等を駆使してアジを追い求めていたのも確かである。
しかし、それは一般アングラーだからこそ。
このブログを読んでいる関東の一般アングラーさんは、どうぞこのブログのポイントを参考にしてアジの爆釣を楽しんでもらいたい。
しかし…
どうやらハイエナが居るようだ…
とあるメーカーの自称【プロアングラー】とそのグループの一部の構成員。
つうか、お前はプロアングラーじゃないだろ。
まあ、コイツ等は【アンチ海猿】な訳で当然交流は無い。
アンチは大いに結構だし、いつでもWelcomeだ
けどね~…
『海猿はどこで爆釣してるんだ?』
『黒のノアを探せ!』
『ナンバーは練馬の1110だ』
『見つけたらラインで一斉送信な!』
『やった!見つけました!』
『ヤツは灘港で爆釣してるみたいです』
『了解!来週は灘港でレクチャーだ』
『また、鹿嶋方面で爆釣してるぞ!』
『探せ!』
『金正恩さん、了解しました!』
『海猿じゃなく、仲間を発見して尾行しました!』
『でも、難所ポイントなので僕には入れましぇん…』
『海猿はチタンティップのロッドを47970円で売ってる模様です』
お前らストーカーか?…
中学生か?
そんなに釣れないなら教えてやろうか?
ポイントから釣り方まで。
あんまり可笑しな事してると…
ゲンコツだぞ~
俺なら…
キライなヤツが爆釣してるポイントなんざ絶対に行かねえよ
プライドが高いからね俺は。
そんなに釣りたいなら連絡してきなさい
マジで教えてやるから。
ストーカーアジング物語
サラリと現況報告
一昨日、妻と子供達だけ新幹線に乗せて京都へ
となると…
やりたい放題スタート!
周防大島方面でブログで絡んでいるYさん
そして、またまたブログで知りあったKさんが駆け付けてくれた
釣りを通じ、初対面の3人のオヤジが気兼ねなく楽しくアジング。
そして昨日は…
単独で上関方面へ
世間は狭いもので、そこではFBで絡んで頂いている方とお仲間さんに…
ロッドで一般アングラーさんにも
『海猿さん?』
皆さん、お疲れ様でした!
お陰様で、爆釣!ではなかったですが、楽しくアジングできましたよ。
そんな感じで絶景の瀬戸内アジングを満喫しています!
さて、前記事では沢山のコメント、ありがとうございました。
ただ、記事を読んでくれた皆さんに一言だけ言わせて下さい。
色々と有りますが、そのメーカーのタックルを使っているだけで…
偏見や敵対心を持つのはやめましょう!
当然、自分もです。
輩はほんの一部です。
このメーカーのタックル使って居る方のほとんどは常識的なアングラーです。
釣り場でギクシャクする様な事に成らないようにしたいですね。
折角の楽しい時間が台無しです。
趣味の【釣り】
釣り場では気持ちよい挨拶
心がけましょう!
さあ!どうする今晩は?
残り僅かな瀬戸内を満喫しよう!
おしまい。
さあ、帰ろう…
広島アジング物語2014
昨日、夕方無事に東京へ・・・
この広島帰省期間の走行距離は・・・
2667㎞
ガソリン消費量
220ℓ
タバコ消費量
280本
という事で、【広島アジング物語2014】スタート!
8月7日(木)
8日(金)が急遽休みになり7日の夜10時半に東京を出発。
昨年と一昨年は帰省ラッシュに捕まり、広島まで27時間という拷問帰省になったので、今年はラッシュの始まる前に出発する事が出来た。
大した渋滞も無く、広島到着は約11時間後の午前9時過ぎ。
勿論、NO睡眠の走りっぱなし帰省である。
即、広島インター近くの釣り具屋【ポイント八木店】へ!
やっぱ、アジング関係の商品は関東の釣り具屋に比べ遥かに品揃えが豊富。
店のスタッフさんに許可を得て画像を撮らせて頂いた
JHの種類も半端無いね~
ざっくり、関東のアジング商品エリアの5倍以上の陳列スペース。
チヌゲーの商品も・・・
まあ、本場だし・・・
ロッドを物色してると・・・
店員さんに・・・
『アジングロッドですね!ご案内しましょうか?』
どうやら、ツラは割れてないらしい・・・
丁寧に
『いえ、大丈夫ですよ』
とお断り。
そして初日は・・・
墓掃除。
夜は???
翌日とその次の日は台風が直撃する予報なので、広島に到着した夜に不眠アジングを強行。
地元のハチ君と不調の倉橋方面へ
短時間釣行で爆風で雨だったが・・・
何とか本命ほ引きずり出す事が出来た。
ココではロコの読者さんも!
ロッドビルドや、色々と情報交換したりして楽しく過ごすことが出来た。
翌日、翌々日は・・・
テキト~にドライヴや・・・
市内河川、太田川放水路
ボトムチヌゲーのポイントである。
8月11日は島根の六日市町へ・・・
祖父の墓参りである。
祖父は釣り好きで、ガキの頃は高津川水系の支流に山女魚や岩魚を良く釣りに連れてってもらったものだ。
渓流のみならず、アユの転がし、カジカの穴釣り、ギギ(ナマズみたいなやつ)の夜釣りや、鯉釣り、フナ、ウナギ釣りから投網の投げ方まで・・・
色んな事を教わった。
そして小5の夏休みだったか?・・・
祖父の愛車【スーパーカブ】を朝4時位からをコッソリと拝借して砂利道の山道を走り独りで渓流へ
霧雨の中、対岸の岩の上のクマと目が合い・・・
心臓が口から飛び出るくらいビックリして竿を放り投げて慌ててスーパーカブで爆走!
祖父の愛車スーパーカブの後輪をパンクさせて、帰って祖父にこっぴどく叱られた想い出が有る。
そんな思い出深い、島根県の六日市町という町も今では過疎化が進んでいる。
その町中の川で・・・
雨で、水量も増え香ばしい状況である。
アジングタックルで撃ってみたが・・・
カワムツ・・・・
洸介には兄貴が餌釣りを教え込む。
親子でダブルHIT!!
当然、デカいのが俺。
20cm超えの♂。
綺麗に発色している。
8月12日
この日、妻と子供たちは義父の元へ・・・
ようやく【やりたい放題】の開幕だ!
さてこの日は早速山口県の周防大島へ・・・

橋を渡るとそこはパラダイス
穏やかな綺麗な海と青空
綺麗な水着のオネェちゃんも。
そして、アメブロで絡みのあるTさんと合流。
明るいうちから、【俺のアジングロッド】の最新作で獲る。
が・・・
前日から入っているという昨年も同じこのポイントでお会いした餌師のオッちゃん曰く・・・
昨日は爆ったらしいが、今日はダメだとか・・・・
水深は足元から軽く10M超え
0.9g単体を流し込むがバイトは超散発的・・・
それでもこの絶景
釣れなくとも癒される。
そこへ・・・
メッセが入る
『今からそちらへ向かいます!』と・・・
この方もブログの読者の方でロッドビルドにハマったらしく、どうしても【俺のアジングロッド】を見たいとの事。
この爽やか青年K氏とT氏、全くの初対面であるが何も違和感無く一緒に楽しむ出来るのは、やっぱ【趣味】だから。
そんなこんなで深夜2時くらいまで初対面アジング。
深夜3時にデイアジングの可能性に期待しているポイントにT氏と入り仮眠。
起きたのは既に朝5時過ぎ・・・
このポイントも足元から12M
フルキャストで14M位か?
1.2g単体で即!!
豆・・・・
しかし、午前8時過ぎから良型も混じる
フルキャスト後フリーで約60秒
ボトムからの1アクション50cm後のテンションフォールで
『ぬぅん』
と、微妙なバイトは全て25UP!
面白い!!
バイトは散発的、30分に一回くらいの回遊だが飽きないね~
しかもメバルも小型だが連発するので面白い。
AM10時半??
体力の限界を感じストップFISHING。
さて・・・
ココからは単独だ
どうする?昨夜御一緒したK氏はH島へ渡るとの事でお誘いを受けたが・・・
気になるポイントが有る。
そう、上関方面のアジングだ。
夕方まで柳井で仮眠後上関へ向かう。
実は未だに上関でアジングはしたことが無く、鼻息はMAX!
最近好調との情報をK氏から頂き上関入り。
ここも大島に負けず劣らず綺麗な景色と穏やかな海。
PM4時位?
お目当ての港に到着してみると、先行のアジンガーさん3名。
挨拶を交わしてタックル準備。
ん?よく見ると・・・
先行者のアジンガーさんはFBでチョッと絡んでいるKさん??
『どうも!Kさんですよね??中村です』
『いつも偉そうなブログを書いてる海猿ですよ』
という事で、どうやらやっぱK氏でした。
一緒に来られているお仲間の1人は昨年夏にチヌゲーでチョッとだけお会いした方だと判明。
世間は狭いね~
そんな感じで夕マズメに期待が膨らむ!!
チョッと腹ごしらえに車に戻って帰ってみると・・・
既に第一陣をK氏が捕獲!!
3g海猿キャロを打ち込む!!
23㎝位
しかし・・・
マズメど真ん中でもポツリポツリ・・・
が、やっぱ絶景で癒されるよ。
暗くなると爆!!の予想も大きく外れ・・・
20cm有る無しが表層付近でポツポツ・・・
チョッと小移動して後から来られたアジンガーさんの横へ・・・
『もしかして??ですよね??』
どうやらロッドで海猿だとバレたみたい。
その方に聞くと、この日は最近でも『全然ダメな日』との事・・・
釣れはするが、レンジが浅く俺好みのアジングが出来る状況ではないみたい・・・
結局午後10時過ぎヤメ。
深夜0時過ぎ帰宅・・・・
そして最終日
8月14日
迷った挙句【味わい深いアジング】を求め再度、倉橋島方面へ!!
ここ最近、このエリアは釣れていないが・・・
やっぱディープでアジングがしたい衝動。
撃沈上等!!で意気揚々とポイントへ向かう。
牡蠣筏が浮かぶ広島湾
ガキの頃はオヤジとゴムボートで渡り、カレイを爆釣していたものだ・・・
見えるのは呉、造船の街である。
第二音戸大橋を渡り・・・
右のが古い音戸大橋。
早瀬大橋を渡れば江田島だ
しかしながら天気がヤバそうになってきた・・・
流石、絶不調のエリアだけに貸し切り状態である・・・
そして再びT氏が合流するとの事。
夕マズメは・・・
コイツ・・・
何か?解る???
ホウボウです。
良く見ると口がヘン。
しかも、中々のサイズが連発する。
が・・・
アジは居ない。
しかも雷と豪雨が襲う・・・
エステルの0.3号のラインがフワフワと天に向かい伸びて行く
雷による静電気?の影響か??
そして初めての体験
ロッドがパチンッ!
まるで車のドアノブに触れた時になる、あの静電気がロッドで・・・
チョッとビビってしまい避難。
雷がおさまり再開・・・
合流したT氏は中層で豆を数本HITさせる
しかし、それには目もくれずひたすら良型を信じ、ボトムを叩くがメバルばっかでアジは居ない・・・・
そこに関西から遠征に来られたという太刀魚狙いのアングラーさん
どうやら、前日はしまなみ方面でアコウ、明日は愛媛でオフショアロックと悪天候の中、【釣りの旅】をされてるようだ。
この方にも『もしかして?・・・』
ブログの読者さんでした。
にしても、釣れない・・・
深夜2時ヤメ。
帰り際に広島市内河川の元安川でチヌゲーだ!!
チヌくらいサクッと釣れるだろ!と思っていたが・・・・
まさかの撃沈。
それでもTさんは3本上げているし・・・
チヌの釣り方忘れたのか?俺。
AM6時帰宅。
昼過ぎまで寝て、墓参りを済ませPM6時
さらば広島!!
そんな感じで広島帰省釣行は終了。
広島を離れ4年半・・・・
広島に住んで居る頃は当たり前に感じていたが・・・
今回、改めて感じた事は瀬戸内海の美しさと静寂さ
そして、海の豊かさである。
やっぱ瀬戸内の海は最高!だね~
今回帰省中にお会いした皆様、お会いできずでも色々と情報や絡んで頂いた皆様!おかげさまで楽しい釣行となりました。
有難うございました!!!
オマケ・・・
広島での戦利品の一部をご紹介
相変わらず【reins信者】な海猿です
中でも・・・
関東では見かけない一品を・・・
↑コイツは廃盤になったのでは??
カラーには拘りは無いけど、珍しいカラーなので・・・
臭いは関係ないけど・・・
形状がツインテールなので。
1.5g以上のJHは良いのがなかったけど、このフックシャンクと形状はOK!
キャロ用に自作でガン玉を打ってのJHは↑コレか、いつものヴァンフックね。
で、おススメが↑コレ!!
自分はテトラ等の動き回るアジングがメインだったのでライフジャケットに入るくらいの小さなケースに小分けしてたけど
どっかりと構えて釣りをするときには大き目のケースが良いね。
しかもケースの中のパターンは自由自在
これで小さい方で300円以下、デカい方でも400円しないし、丈夫っぽいのでおススメです。
超ロング記事閲覧有難うございました。
おしまい。
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鹿嶋アジング【ヤツらは…】
身近な広島の土砂災害で改めて思う…
人間の無力さと、自然の恐ろしさ
実家は安佐南区で被害の大きかった八木から数キロしか離れてませんが、今のところ大丈夫です。
沢山のメールやメッセージ等で、ご心配頂きありがとうございました。
8月24日(日)
週末は【横浜アジング】を予定していたが、風が強い予報で断念…
折角、【味わい深いアジング】を満喫するなら【無風】じゃないと満足度は下がる。
という事で鹿嶋アジングに決定。
日曜、AM1時出発
今回は外環和光~常磐道~下道という経路で鹿嶋入りはAM3時半、久々の単独釣行である。
が…
車でスタンバってると《じゃこ10君》発見。
朝マズメに向けて2人でポイントへ
AM4時半
あれ?…
ソコにアジは居ない…
どうした?
明るくなって100㍍先にスナメリらしき姿が…
日本全国、ヤツらが近寄るとアジはダメだ。
AM5時を過ぎて、ようやくスナメリ君が居なくなるとポツポツと釣れ始める。
しかしながら、爆釣とは程遠い釣れ方。
しかも、アジが手前に寄るタイミングは短くJH単体で釣れる個体は少ない。
しかし!推定40㍍先にはヤツらの数千匹単位の群れが存在する。
となると…
【俺のアジングロッド】《お地蔵君62外房special》
コイツが炸裂だ。
この日はロッドは2本
JH単体用
《RAJ.595BSP》
キャロ用
《お地蔵君62外房special》
の2本のみ。
《お地蔵君》にはPE02に《海猿キャロ》の
7,5㌘をセッティング。
リーダーはフロロ1,5号を80㎝
ハリスリーダーは08フロロを60㎝
JHはガン玉04㌘の自作
ワームは手返し重視のスリムクローラーを瞬間接着剤で固定。
これで【漁】&【猟】の開始である!!
《お地蔵君》は62であり、キャロロッドとしては短いと思う方も居るだろうが、サーフアジング以外は7feet以上のロッドはあまり必要性は感じない。
まあ、【俺クラス】の話しだが…
しかも、ブランクはMagunamucraft
《アカメspecial1130》
そりゃあぶっ飛んで行くわな…
コイツで沖で段列を構成してコチラへ攻め込む準備をしているヤツらの宿営地へ
推定60㍍《長距離迫撃砲》を撃ち込む!
一網打尽である。
1キャスト1ヒットの【アジ漁】
↑これは画像では解り難いが【メアジ】
苦戦中のジャコ10君のロッドMX611を拝借してイヤらしく1投目で仕留める感じの悪い俺。
茨城にも居るんだね・・・
単体タックルのみの《じゃこ10》君…
悪いが俺の【独り勝ち】だ…
なので彼にも《海猿キャロ》を渡すが…
エステル03じゃフルキャスト出来ないな…
そして機を見てはコチラへ近づき、攻め込もうとするヤツらには…
JH単体1,2㌘と《RAJ.595BSP》
コイツでスナイパー並みの精度で1匹を正確に狙い撃ち確保。
そんな感じで漁をしてると・・・
Tさん親子、アメブロのSさん、Rさん、キリンさん、読者さんが集まってくる。
青のディノグリップ使いの彼はキャロの達人だ、バンバン掛け捲っている。
奴らの群れ近寄ったり、離れたり・・・
その都度、【長距離迫撃砲】と【狙撃銃】を使い分け一網打尽だ。
結局、PM1時まで。
サイズはAV20有る無し。
数は70~80本程度。
殆んど、ジャコ10君に進呈し皆さんのバッカンに勝手に放り込んだ・・・
我が家の持ち帰りは・・・・
家族分4匹のみ。
今回の釣行で検証したかったブツが・・・
↑コレ
ECSTASYに特別作って頂いたオリジナルカラーの《ウェーブテイル》
コンセプトは・・・
◎こんなカラーで釣れるの?
◎両極端なツートンカラー
まあ、カラーなんざハッキリ言うと【精神安定剤】みたいなモノで、巷で言われている『今日の当たりカラー』などというものは大した根拠もない検証もされていない事実を自分の都合よく解釈しているだけものである。
差というものが解り易く出るであろうカラーリングとして・・・
グローと黒
黒とグロー
面白くない??
結果はやっぱどっちでも釣れた。
このカラーリングで釣れないのは・・・
ユーザーである。
見るからに釣れそうもない、パンダみたいなカラー・・・
でも、ナイトで《グローヘッドのブラック》って、面白そうじゃないか??
それと今回の釣行でハッキリと《バイトの違い》とその対策を確信。
【鹿嶋の鯵、特有のバイトの出方】
これはそのうち記事にしたいと思う。
今日の【名言】
現実が主人である。
カリスマの公約、プログラム、思想に対し現実のほうが膝を屈することはない。
- ピーター・ドラッカー -
(オーストリア出身の経営学者、現代経営学の発明者と称される / 1909~2005)
おしまい。
【海猿的アジング考察62】特有バイト編
久々の【アジング考察】
今日のテーマは…
【鹿嶋アジ特有のバイトと対策】
以前の【考察】で、バイト出方について書いた記事があるが、最近新たに解った事を少し考察してみる。
↑ココから入れます。
これまで【バイトの出方】は…
◎レンジ
◎アクションスピード
◎ルアーサイズ
◎活性
◎個体数
これによって変化すると認識していたのだが、今年になって腑に落ちないバイトの出方を多々経験した。
その、腑に落ちないバイトは…
茨城【鹿嶋アジ】に顕著に限定的に発生する。
本来、中層以下のフォール中のバイトの出方は…
『コンッ』
が基本であり、水深の有る横浜アジは勿論、外房アジも同様なバイトが殆どであった。
鹿嶋アジでも、エリア、時期によっては同様のバイトが出る事も有るのだが、今年の6月以降のバイトは…
【鹿嶋アジ特有】
なバイトが多いと感じる。
昨年も実は、この【特有バイト】を感じてはいたのだが、ウネリによるラインテンションの弛みが原因だと考えていた。
その【鹿嶋アジ特有のバイト】とは…
『ぬぅ~』
とした所謂、咥えてからゆっくりと泳いでいる感じのバイトである。
最初にこのバイトを感じた時は、港内で餌釣り師の撒き餌によって生ずるモノかと思っていたが、そうでは無いと実感。
餌釣り師の居ないポイントでも同様のバイトが出るのである。
さて?この鹿嶋アジ特有のバイトの原因は?
●セグロの多いエリアだからか?
●ベイトによるもの?
●時期的なモノ?
ハッキリとした原因は解らないが、これまでのバイトの出方の変化の要因とは全く別物である事に間違い無い。
この【鹿嶋アジ特有のバイト】
問題なのが、【フッキングの方法】と【タイミング】である。
勘違いして欲しくないところで、このバイトの出方は【JH単体】に限るって事。
キャロでも同様のバイトになっているのだろうが、キャロリグでバイトを感じた時は既にアジの口のどこかへフッキングして暴れる事で感じるバイトが殆どである。
という事でJH単体での対策として捉えてもらいたい。
【バイトの出方の特徴】として…
アジがワームを口にした瞬間の反響は極めて小さく、ヌルいロッドだと認識が難しいモノが多い。
その僅かな反響バイトの後は先に書いたように『ぬぅ~』と押さえ込む様な感じ。
【鹿嶋アジ特有のバイトに対するフッキング】
その《口にした瞬間》と思われる反響バイトに対して《即アワセ》ではフッキング率は下がるし、バラシが激増する。
反響バイト後はゆっくりとロッドをサビく感じでティップに重みを感じてから、ゆっくりとスイープにアワセるとフッキング率が上がる
【鹿嶋アジ特有のバイトに対するロッドセレクト】
所謂、【パッツン系】のロッドだと若干であるが、フッキング率は低下する。
スイープに聞きアワセをするため、メバルロッドの様にティップが追従するロッドがベストだと感じる。
しかしながら…
ただ軟らかいだけのメバルロッドだと、《口に咥えた瞬間》と思われる僅かな反響バイトを感じる事は難しく…
結果、フッキング率の低下やバラシを増加させる事になるだろう。
という事は…
チタンティップの追従性と抜群の反響感度を誇る【俺のアジングロッド】は鹿嶋アジ特有のバイトにはかなりアドバンテージは高い。
まあ、慣れてしまえば普通のロッドでも全く問題無く釣れるが…
やっぱ、ロッド次第で【全てを感じる】事による一匹の方が楽しさは倍増するのは確かだ。
【鹿嶋アジ特有バイトに対するワームセレクト】
基本、2インチ以下の細く短い軟らかいワームがフッキング率が上がる。
オススメはマリアの
《スリムクローラー1,8インチ》
これを瞬間接着剤でJHに固定すれば手返しは抜群で漁師の如くアジを捕獲可能。
簡単にまとめてみたが…
【鹿嶋アジ特有バイト】
これを意識してやればこれまで以上にアジングが楽しくなり、釣果も増えるのではないかと考えて記事にしてみた。
追伸…
この様に【コアなアジング】を考えなくても、硬いロッドで即アワセしても鹿嶋アジは釣れます。
ただ、JH単体で【特有バイト】が多発する場合はこの記事を参考にして対策すれば間違いなく釣果はアップします!
以上、考察おわり。
先日の新聞で…
茨城の港湾部の危機です・・・
詳しくはMoRiTaさんの記事をリンクしてますのでご覧下さい。
茨城 AJING ! [不撓不屈 行脚の章]
つきましては、9月14日(日)に茨城県那珂湊港で清掃活動を実施するとのことです。
自分も参加予定でしたが、家族で海遊びの予定を立てておりましたので、今回は不参加ですが今後も活動は続けられるとの事なので積極的に参加させて頂くつもりです。(遊び優先ですいません)
フィールドを守る為に我々アングラーが出来る事は微力ですが…
賛同される方は是非参加してみては?如何でしょうか?
また、清掃活動の副産物では有りますが、色々なアングラーとの情報交換や面識を持つことで、アジングが一層楽しくなると思います!
清掃活動の詳細についてもMoRiTaさんの記事で告知されますのでご確認を。
また、関東のSNS等をされてる方にお願いですが、正式に詳細が決まりましたら拡散して頂ければと思います。
おしまい。
ブログ
相変わらず進まない広島の土砂災害による行方不明者の発見と被災地域の復興と報道。
そんな中、被災者や被災地に対し色んな方面で少しでも力に成ろうとする日本人
凄いと感じる。
己のリスクを伴うボランティアや提供は日本人だからこそと感じる。
今の自分は早い残り2人の行方不明者の発見と復興を願う事位しか出来ない…
やっぱ見慣れた地域の広島だけに、より深く考えるよね…
さて
只今、軟禁中につきくだらない記事を書いてみた。
【ブログ】
もうすぐブログを書き始めて四年になる。
俺がブログを始めた理由は…
昨年度までお世話になっていたメーカーの商品に対する販売促進が主な理由だった。
『海猿が販売促進?』
と、思った方が大半だろう。
それまでは広島に在住していた為、釣行回数は年間【170日】前後。
7年前…
とある方に紹介されメーカーさんとお話しをさせて頂いた時…
『自分はブログもやってないし、広告塔にはなりませんよ、それでも良いのならばやらせて頂きます。』
そう伝えメーカーからも【販売促進】ではなく【開発】側のスタッフとさせて頂いていた。
間違っても自分からメーカーにアピールしてスタッフになったワケではない。
当時の釣行回数は圧倒的であった。
ボトムチヌゲームのハシリの時代であり、今の様に専用ロッドやリグ、メソッド等は少なかった時代だ。
そのチヌゲームでは、それまで築き上げた理論やリグ等には絶対的自信を持っていた。
当然、釣果も。
また、20feetの小型船ではあるが、プレジャーボートも所有しており、今の様にアジング一辺倒ではなく、季節に応じエサ釣りを含めて毎日の様に様々な対象魚を相手にしていた。
という事で、【開発】にあたり圧倒的な実釣数と圧倒的な釣果に基づいて新製品に対し色々と提案やアドバイスをさせて頂く事が出来た。
のだが…
東京へ転勤になり、勤務内容や居住エリアにより必然的に釣果回数は制限され激減する
普通のアングラーから見れば、『毎週末やりたい放題で好き勝手に釣りをしている』という印象だろうが…
それまで年間を通して2日に一度以上釣行していた俺からすれば…
メーカーの役には立たないスタッフに成り下がったワケで…
まあ、大した実釣回数も釣果も出さずに、大蘊蓄をメーカーや、雑誌等に語る事も出来るのだが…
俺は胡散臭いのは大嫌いだ。
当然、東京に転勤になってからは、これまでの様に絶対的釣行数と絶対的釣果に基づいた結果を基に開発に対する【意見】等、メーカーに言える事は無くなったのである。
元々、俺は…
タックルの性能や検証をして答えを出すのには人一倍慎重である。
というか…
これは、俺の傲慢な考えなのかも知れないが…
少ないテストや少ない釣果と安易な解釈で答えを出して、所謂【使えない】製品をどのメーカーに限らず沢山見てきた。
自然相手の釣り、製品の性能を判断するに於いて【検証】に対するN数は少ないモノであってはならない。
これが俺の考え方。
話しは逸れるが…
良く目にする
【今日のパターン】
【今日の当たりカラー】
【今日のヒットワーム】
【今日のヒットアクション】
等…
たかだか数匹程度の釣果で恥ずかしげもなく知ったかぶりの有名アングラーの記事を見かける。
不確実性の高い【自然】を相手に、不確実性の高い【魚】を相手に、不確実性の高い【少ないN数】で何が解るのか?
話しを戻そう
そんな考えの俺は東京へ転勤になり、釣行回数の激減でメーカーに対して提案や意見を言えるハズも無く、メーカーに対する自分の存在価値に疑問を抱くようになる。
それでも数年後には広島に帰るのだから、それまではブログでも書いて販売促進をしながらそれなりにやってれば良いか…
そう考えて【ブログ】を始めたのである。
【ブログを始めた理由】
長々とブログを始めた理由を説明しながら、さり気なく【自慢話】を盛り込むあたりはブログを書き続けてきて多少なりとも文章力が付いた証しであろうか?
さて、【ブログ】
東京に来てアジング一辺倒になり、外房エリアのアジング記事をメインにブログを始めたのだが、当時のアメブロで外房エリアのアジングで活動されているアメブロガーは両手で足りる程少なかった気がする。
今、【外房アジング】や【房総アジング】で検索すれば沢山のブログがヒットするし、外房のアジンガーは急速に増えたのだろう。
ブログを始めて一番良かったと感じる事は
ブログを通じ色々なアングラーと知り合える事
ではなかろうか?
少なくとも自分はそう考えている。
しかしながら、【ブログ】を続けていくのは大変だし、辞めたくなることは年間数回有るのは俺だけじゃないハズ。
じゃあ、何故?海猿はブログを書いているの?
と、問われれば最近は…
『只の自己満足です!』
『他人に自慢気にしたいから!』
と、素直に答える事にしている。
当然、アクセス数やジャンル別順位もそれなりに気になっているし沢山アクセス数が有れば嬉しいものだ。
中には【防備録】的な記録を残す為にブログを書いていると言う方も居るが、本当に【防備録】的に活用しているブロガーは決まって全てアメンバー記事である。
しかも、アメンバーを誰一人承認していない。
話しがワケの解らない方向へ進んだきた…
さて?何を書こう?
とりあえず、ブログなんていうモノは俺にとって【自己満足】のツールであると同時に、知らないアングラーと知り合う為のツールである事に間違いないだろう。
そして…
【俺クラス】のアクセス数になってくると、色いろとメンドクサイ事も増えてくる。
少しでも批判的な文章を書くと…
おかしな輩からの攻撃だ。
【俺クラス】とかって書いているのも気に入らないって?
しかし、誰が何と言おうが何かに於いてやっぱり良くも悪くも【俺クラス】は【俺クラス】
なワケだ。
まあ、そんな匿名で批判的な輩を最近は相手にしないようにはしているのだが、やっぱ腹が立つね。
批判的な意見や理論で戦う気があるならば戦国武将の如く
【名を名乗る】
のが普通ではないか?
古い考えか?
息子、洸介にはいつも指摘されている…
『父さんは古いよ』
と。
奴(洸介)からすれば…
昭和という時代は自分達の年代の明治くらいの感覚のようだ…
兎に角、俺は匿名で好き勝手に書いて読む側が気分を害するような記事やコメントには懐疑的である。
自分は実名や職業、家族等全て晒して記事を書いている。
過去記事を探せば住所さえ解るハズだ。
だから何?って?
そう、【realアジング】は読む側によっては激しく気分を害する内容もあるし…
自分の感じた事や理論を好き勝手に、または批判的に書いた内容もある。
だからこそ、堂々と批判を受けるべく全て晒しているつもり。
コメントはアメブロ登録をしていない方からも、どんなコメントも承認制にはしていない。
自分が論じた内容が本当に正しいと思うならば実名を晒して論ずるべきではないか?という考えだ。
相手を不快にする記事を書くならば、自分もそれなりに不快に成るようなコメントを受け入れるべき。と…
やっぱ古い考えなのかも。
まあ、今時何をされるか解らない物騒な御時世でもあるし、自分や家族の身を守る為の匿名というのも理解はできる。
そういう意味で、賛成意見や、読んだ側が気分を害するモノで無い普通の記事やコメントであれば匿名でも全く問題ないと考えている。
しかし…
匿名でしか批判出来ない輩
こういう輩は自分の保身を確保しないと何も言えないのだろう。
そんな匿名な輩のコメントでさえ、海猿の【アジングの理論】や【ロッド理論】
について反論や中傷してくれば、とことん相手をしてやるのだが…
残念ながら、アジングについての議論は無く俺の人間性についての批判ばかりだ。
ここでそんな輩にハッキリと言っておくが…
【海猿】という男がどんな腐った人間性であろうが輩には全く関係もなければ迷惑も掛からないと思うのだが?
そう、輩は俺の親でもなければ嫁でもないのだから…
まあ、輩が使っている製品に対する辛口評価や【俺クラス】だから故の嫉妬や妬みが殆どではなかろうか?
あれ?…
またまた愚痴っぽくなってきた…
まあ、いずれにしても匿名の批判的な輩のコメントは悪いけど削減させてもらう事にしよう。
【ブログ】に話しを戻そう!
アクセスが増えてくると色々と大変だ。
いつもコメントを頂いてるからとコメントをしていたらキリがないし…
毎回、読者の方のブログに訪問して『いいね!』をして回るのも限界がある。
絡まなくなった方の読者登録も定期的に削減しなければ増えて仕方ない。
削除したら、削除したで変に勘ぐられる始末…
と、まあ色々とメンドクサイ事が多いのが現実だ。
いよいよワケが解らない内容の記事になってきた感が満載…
なので最後に一言…
【ブログ】なんざ所詮【ブログ】
realでは無いよね?
そんなワケで、所詮ブログだけの繋がりっていうモノも、それだけのモノ。
過度な期待や希望は自分自身が傷つ事に成りかねないし…
realではないモノで心底から一喜一憂するほどのモノでも無いかなと。
それが【ブログ】というモノじゃないかな?
【ブログ】って…
何気に恐ろしいね。
ワケの解らない記事
失礼しました。
おしまい。
【淡い青春の物語】第1話 出逢い
1984年、昭和59年
あの頃…
高橋リュウジ(仮名)という少年は父親の影響で野球ばかりやっていた
というより、低学年の頃は無理やりやらされていたと思う。
父親はリアル星一徹のような人間だったし、当然野球は上手くなり、リュウジは同級生の中で頭角を表し学校の選抜チームのキャプテンを勤めるほどになっていた。
子供というものは、人よりも上手く出来る様になれば次第に好きになる
初めは強制的にやらされていた野球も好きになっていたリュウジ。
中学生になり、身体の小さかった彼はこれまで味わった事のない屈辱を味わう事になる
それまで、野球を始めた小学3年生の時からずっとレギュラーが当たり前だったリュウジ。
中学生3年生が引退して秋の新人戦前の背番号の発表の時・・・
同学年生の野球部員は32名。
背番号をもらえるのは20番まで。
彼は野球を始めてからずっと一桁またはキャプテン番号の10番以外でプレーした事が無かった。
しかしそんなリュウジだが…
無情にも監督から新人戦前に手渡された背番号は【15】
所謂、サードの控え選手である。
この事実を受け入れるのに中学生のリュウジには時間が必要だった
これまで味わった事の無いの悔しさと挫折感
心底からショックだったようだ。
しかし、リュウジは野球部の仲間に宣言した。
『2ケタの背番号なんかカッコ悪くて付けられんし・・・』
『俺、三年生の春に一桁の背番号が貰えなかったら監督に返すよ』
背番号すら貰えない同級生も居る中で大口を叩くリュウジ。
この頃から【ビッグマウスなリュウジ】の片鱗を表していたと、今になって思う。
そして中学3年の春…
サードからセカンドにポジションを変えたリュウジは宣言通り、背番号【4】を奪取する。
同じ頃…
リュウジに好意を寄せていたひとりの少女、そよぎともか(仮名)
彼女は勉強もできて真面目で可愛いけど、チョッとだけ生意気そうな女の子であった
この頃から始まる学年別ミスコン
男子が学年別に可愛いと思う女の子に一人3票投票するシステム。
ともかは常に上位に選出されていた。
しかし、ともか自身は男子がそんなミスコンなどやってる事すら知らなかったらしい。
彼女はチョッと生意気そうだけど、誰にでも愛想よく振る舞う事が出来た
そんな八方美人的な性格が気に入らないという理由から一部のチョイ悪な少女から少しだけイジメにあっていたという。
ともかはテニス部、野球部からは少し遠いがグランドを走り回るリュウジの事をいつも気にしていた。
そして・・・
どこにでもいるチョッとお節介でボス的女子、マキ
普段、ともかとは話しもしないマキがともかを呼び出す・・・
『ともか、あんたリュウジの事が好きなんでしょ?』
『だったら私が伝えてあげるよ』
と。
ともかはマキのお節介に少々疑問だったが、断る事もできず了承したという
中学生のありがちな風景である。
そしてマキに呼ばれたリュウジはともかの思いを知る事になる。
この時、ふたりは二十数年後の奇跡を当然知る由もなかった・・・
第1話終わり。
尚、この物語は実在の人物の証言を基にしたリアルなノンフィクション物語です
【淡い青春の物語】第2話 蒼の時間
第2話
【蒼の時】
お節介なマキに呼ばれ、ともかの想いを伝えられるリュウジ
『リュウジ、あんたはともかの事どう思ってるの?』
『ともかはあんたの事が好きみたいだけど・・・』
『リュウジも、ともかの事好きなんでしょ?』
『ともかと付き合ってやりなよ』
捲し立てるマキ
全く、お節介なヤツだ・・・
リュウジはそう思ったが、ともかの想いを知り少し照れながら
『別にええけど、みんなに喋んなよ』
『じゃ、俺、部活あるから』
そう言って逃げる様に友達の待つ部室に向かった。
そして、二人の淡い交際が始まる。
とはいっても、お互いに部活ばかりで手紙の交換くらいしかできなかったというし、一緒に居る時間など殆んどなかった。
しかも、リュウジには少し疑問があった・・・
『何で?俺の事好きなんだろ?』と。
リュウジと、ともかは同じクラスにはなった事はないが、同じ小学校からの同級生だった。
小学生の頃のリュウジは屈指の悪ガキで彼のお母さんは、よく学校に呼び出されていた。
彼は陰湿なイジメ等はしていなかったが、宿題は絶対に提出しないし、仲間を連れて授業を抜け出して山に籠ったり、大嫌いな音楽の先生の音楽室にヘビを放したり、校長室の前にある消火器をぶっぱなしたり。
彼の武勇伝は数多い。
まあ、彼は昭和という時代の典型的な悪ガキだったかもしれない。
ただ、勉強は苦手な彼だが運動神経はピカイチだったし体育の時間だけは彼の眼は輝いていた。
鉄棒やマット運動の時はいつも先生に指名され
『高橋君、前にきてみんなに見せてあげて下さい』
そう先生に言われると照れながらも得意げにやっていたリュウジ。
そんな運動神経抜群のリュウジでも苦手な体育もあった
体育の時間になるといつもは輝いていた瞳も水泳の時間の前だけは冴えない顔をしていた。
6年生になってようやく25Mを泳げるようになったリュウジ。
先生にも
『高橋君は運動は何でも出来るのにどうして水泳は不得意なのかな?』
俺だって不得意な事はあるし、一番恥ずかしいのは俺だから。
彼はいつもそう言っていた。
小学生の頃は勉強が出来る子、足が速かったり運動が得意な子は、ただそれだけで
無条件で女の子にモテる法則がある。
平成の今の時代もこの方程式は絶対的である。
リュウジも例外なく女の子にモテていた
小学5・6年生になると、異性を意識し始める年代で友達の噂話しや、友達同士で好きな子を聞きたがる年頃。
この頃、運動神経抜群で何かと目立つリュウジの事を、ともかは意識し始めていたという。
リュウジも小学6年の時にともかの自分に対する気持ちを噂話で聞いていた
しかし
ともかの父親は一流企業のエリート管理職、母親はPTAの役員だったか?
厳格な家庭の頭の良いお嬢さん
ともかの事をそんなイメージで見ていたリュウジ。
『真面目で勉強は出来るし、自分とは違う世界の女子だし、ウソだろ』
噂話で聞いた小学生の時は、ともかの想いを信じることは無かった。
ともかの事をそんな風に考えていたリュウジは中学生になって交際を始めた今もその疑問は払拭されていなかったし、ともか自身も自分の想いを素直に伝える事が出来なかった。
付き合い始めて間もない中学3年のある日の理科の授業
偶然リュウジと、ともかが理科室の教室で同じ机で実験することになった。
リュウジは無表情で
『実験は俺がやるから見てるだけでいいよ』
『レポートにまとめるのはともかが書いてね』
ともかにそう伝える。
ともかの手前、この実験の失敗は許されない、カッコ良く成功させたいリュウジだったが
『げっ上手くいかねぇや・・・』
『ごめん、失敗したよ』
見事に実験は失敗。
リュウジはかなり恥ずかしかった。
しかし、ともかは実験の事なんてどうでも良かった。
リュウジと同じ机に居て、リュウジ見てるだけ、ただそれだけでともかは嬉しかった。
そんなお互いの本当の気持ちも伝えられないまま中学の卒業式を迎える
リュウジの制服のボタンをもらいたかったともかだが
『リュウジ君のボタンもらってきてくれる?』
そうリュウジの後輩、凌介にお願いすることしか出来ない、本当に素直になれないまま、高橋リュウジと、梵ともかは中学を卒業する。
そして・・
1986年 昭和61年4月
高校進学
高橋リュウジと梵ともか、二人は別々の高校へ進学することになる。
第2話 おしまい
尚、この物語は実在の人物の証言を基にしたリアルなノンフィクション物語です。
【淡い青春の物語】第3話 決別
第3話
【決別の時】
1986年 昭和61年
高橋リュウジは高校に行っても野球が続けたかった
彼の家の近所には甲子園の常連の名門高校があったのだが、その練習の厳しさをリュウジは幼いころから見ていたし、彼自身、自分の力を自覚していたのだろうか
その名門校へは行かず、自宅から約20キロ離れた野球部の歴史は浅い工業高校へ入学する。
そよぎともか、彼女は近くの普通の共学高校へ
この時、既にお互いの本当の気持ちを伝えられないまま二人の距離は少しづつ離れつつあった。
リュウジ、高校1年生の夏。
彼はこの時、2回目の挫折を味わうことになる
創部間もない彼の高校は2・3年生の上級生も少なく、リュウジの年代の新入部員を集めるのに学校ぐるみで必死だったそうだ
広島市内のあらゆる中学校から【野球部出身】の生徒を優先して合格させていたという噂もあった。
それが功を奏してリュウジの同級生の新入部員は当初は30名を超えた。
この頃からリュウジの視力は悪くなり、初めの頃はメガネをかけてプレーしていたのだが
精彩を欠くプレーばかりになった自分を自覚していた
『メガネなんて付けてたら上手くいかねぇや』
そうボヤいていたリュウジは野球が楽しくなかったみたいだった
この時、ポジションは中学生の時と同じセカンド
彼は傍から見ても守備力もバッティングも明らかに精彩を欠いていた。
その後、リュウジはコンタクトレンズを使う事によって本来の彼の力を発揮できるようになっという
第68回全国高校野球選手権大会広島大会
昭和61年7月
当時、県予選で背番号をもらえるのは【18】番まで
2.3年生の上級生の少ないメンバーでリュウジと同じ1年生で背番号をもらったのは7名。
夏の大会前には辞めてしまう新入部員も居たが一桁の背番号をもらった1年生も2人居たという。
リュウジの背番号は【18】
ギリギリもらえた背番号だった。
名門校では1年生で夏の大会に出られるだけで凄い事なのだが、歴史の浅い高校
リュウジは背番号をもらった嬉しさは微塵も無かったという
それよりも、自分より数の少ない背番号をもらっている同級生が居た事が悔しかった。
1年生の秋季リーグ
この時、リュウジは自分の野球センスや実力に限界を感じていた。
そして何より一番遊びたい年頃のリュウジは野球を挫折する。
家を出ても学校へは行かず、帰宅部のクラスの友達の家へ入り浸り、音楽ばかり聞いていた。
当時、BOOWYやレベッカが流行ってた世代である。
バイクを乗り回し始めたのこの頃だった
冬休みには髪は伸ばし、レストランでバイトもしていたリュウジ。
小さい頃から野球ばかりの彼は初めて野球から離れて同級生と遊ぶのが楽しくて仕方なかったし、
そんなリュウジはもう野球部続ける気はなかった
しかし
3学期になり彼は激変した。
その理由は
バイトをしていた事をReal星一徹ばりのリュウジの父親に見つかったらしく、長い髪のままで嫌々部活に出たリュウジに監督に言われた言葉
『お前、誰だ?野球部の部員じゃないから帰れ!』
その言葉に発奮したリュウジは監督を見返してやりたく真面目に部活に出る様になった。
その頃、ともかはテニス部に入部していた、お互いに部活が忙しくなり、二人の距離は益々離れていった
1987年 昭和62年 春
部活優先の忙しい日々を送っていたリュウジと、ともか
それでも時々早く終わった時に、ともかを家に送ることがリュウジは嬉しかったし、ともかもそれだけで楽しい時間だった。
そんな短い二人の時間だったが、ともかは相変わらず素直に想いを伝える事が出来ない
ともかの心の中では、いつもリュウジの事を想っていた。
しかしリュウジは
『ともかはホントに俺の事が好きなの?』
中学生の時からの疑問は消えないまま時は過ぎてゆく
お互いに好きな気持ちはあったのに二人の気持ちは繋がる事はなく、むしろ離れていってたのかも知れない。
第69回全国高校野球選手権大会広島大会
リュウジ2年生の夏
彼は2年生になり、レギュラーに定着していた。
ファーストとキャッチャー以外全てこなした
ピッチャーを始めたのもこの頃からだという。
夏の甲子園の予選大会、この時手にした背番号は【7】彼は1番バッターを任され初戦負けした名門の尾道商業高校相手に孤軍奮闘し3安打する
これで彼は益々自信をつけた。
リュウジ2年生の秋
練習試合でとある高校に行ったリュウジは相手チームのマネージャーに一目惚れしてしまう
そのマネジャーの事が知りたくてリュウジはブルペンで投球練習している時に
『あのマネージャーは何ていう名前なの?』
恥ずかしげもなく相手高校のピッチャーに聞いたという。
相手マネージャーの名前を知ったリュウジ
後輩の部員に
『アイツ、可愛くね?広川ユキっていうんだって』
その時リュウジは何も考えていなかったというが、後輩の部員は気を使ったのか、試合が終わって
『高橋さん!!あのマネージャーのチャリをみつけました!』
『電話番号も書いてましたよ!』
まるで手柄をとった子分みたいに嬉しそうにリュウジに報告する後輩部員。
しかも、番号を控えてくるという優秀な後輩部員。
今の時代では【ストーカー】扱いだが、当時は丁寧に自転車には名前や住所、電話番号まで書いてあった時代である。
この頃、ともかの高校も硬式野球部が発足し、仲の良い友達に誘われ、ともかはテニス部を退部し、野球部のマネージャーとなる。
しかし・・・
ともかの素直な気持ちを感じた事がなかったリュウジは、広川ユキの存在により気持ちは、ともかから離れていく。
次第にともかに対し、冷たく接するようになるリュウジ。
そして高校2年生秋
高橋リュウジと梵ともか、決別
小学6年生から心の中ではずっとリュウジの事を想っていたともかだが、そんな素直な気持ちを最後まで表すことはなかった。
リュウジも素直な気持ちを伝えてはいなかったが、何よりも広川ユキの存在と
『ともかはホントに俺の事好きなのか?』
そんな疑問のままで付き合っていたリュウジには別れてからは、当然ともかには気持ちは無くなっていた。
しかし、ともかは別れてからもリュウジの事を忘れる事はなかったという。
リュウジ2年生 11月
シーズンオフの晩秋、リュウジはこのチームの中心的選手になっていた。
投手としてもMAX140キロを投げるほど成長していたという。
そして、新しい彼女のユキの前で豪語するリュウジ
『俺、来年の春にはエースで4番になるからみとけよ』
彼はいつも自分にプレッシャーを与えて自分を追い込む事を力として頑張る性格だった。
この頃【BIGマウスリュウジ】は完全に形成されていたと思う。
ユキに宣言した手前、絶対に達成しないとカッコ悪いと考えたリュウジ
2年生の冬から春が人生で一番頑張った時期
彼はそう話していた。
1988年 昭和63年 春
リュウジは宣言通り、背番号【1】で4番を任されるようになった。
そんなある日、来週の練習試合の相手を知ったリュウジは動揺する。
その相手とは、ともかの通う高校、当然リュウジはその野球部のマネージャーにともかが居ることを知っていた。
そしてリュウジと、ともかは再会することになった。
第3話おしまい。
尚、この物語は実在する人物の証言を基にしたrealノンフィクション物語です
【淡い青春の物語】最終回 初秋
最終章 【初秋】
1988年 昭和63年6月 高校三年
監督から
『来週はウチのグランドで基町高校と試合だ』
『高橋!先発でいくから準備しとけよ』
リュウジはそう告げられた。
動揺するリュウジ
親友のカズヒロはリュウジとバッテリーを組んでいた。
リュウジの動揺を見逃さないカズヒロ
練習が終わり、部室で弘和がポツリと呟く
『おいリュウジ、基町高校って、お前の元カノがマネージャーしてたよな?』
それを聞いたチームメイトは・・・
『うそ?高橋の元カノって基町のジャーマネなんだ?』
『え?マジ?かわいいの?』
『高橋、お前緊張するだろ?』
『リュウジちゃんとストライク入るんか?』
『俺、口説いちゃっおっかな~?』
と、チームメイトに好き放題イジられる。
さらに加速するカズヒロ
『リュウジがあっちこっちのマネージャー口説くからだろ』
『お前マネージャー好きだよな』
『リュウジ、今日からお前、【ジャーマネハンター】な!』
カズヒロの命名に部室は大爆笑
『仕方ねぇだろ、ウチは男子高校みたいなもんだし、マネージャーくらいしか知り合う女居ねぇし』
リュウジはそう弁解するのがやっとだったみたい。
そんなリュウジだから、ともかに気持ちは残ってるはずもなく、ただ元カノに会う気まずさだけしかなかったという。
一方、そよぎともかは別れてからもリュウジへの想いは消えていない。
その時ともかは好きな人も出来ず、地味に高校生活を過ごしていた。
リュウジの高校と試合をする事を知ったともかは、リュウジのプレーする姿を見る事を楽しみにしていた。
リュウジはともかがそんな事を思ってると考えもしていなかった。
そして試合の日
いつもより気合が入っているリュウジ、ともかにはカッコ悪い姿は見せられない
アップしながらグランドを走っていると、ともかの高校の部員がゾロゾロと入ってくる
その一番後ろに、ともかの姿を確認したリュウジ
ともかと一瞬視線が合うが、直ぐに視線を背けたともか
『もう、アイツは野球部の誰かと付き合ってんだろうな』
『まあ、別にどうでもいいけど』
リュウジは心の中でそう考えていた。
試合が始まりホームのリュウジの高校が後攻。
先発のマウンドに上がるリュウジ
3塁側のベンチでは、ともかがスコアブックをつけている
初回から制球が定まらないリュウジ
捕手カズヒロはマウンドに駆けつけ
『お前、なにリキんでんだ?ド真ん中に来いよ』
そう伝えるが、ともかには無様な姿だけは絶対見せたくなかったリュウジは、ますます力みフォアボール連発。
結局、試合には勝ったものの、カッコイイ姿は見せる事は出来なかった。
試合後、ともかとリュウジは話しをすることも、顔を合わせることも無かったという。
1988年 昭和63年6月
高橋リュウジが梵ともかの姿を見たのは、この時が最後だった。
1989年 平成元年
リュウジは東京へ就職し、ともかは大阪の短大へ、完全に二人は別々の道を歩み始める。
そして25年後・・・
2014年8月
リュウジは結婚をし、普通の家庭を築いていた。子供の頃から釣りが好きだった彼は東京湾のシーバスを追い続けていた。
長年続けていたリュウジのブログは【Realアジング】並みのアクセス数が有るという。
とはいっても彼は仕事が忙しく、今年に入って全く記事は書いていなかったし釣りも殆んど行けなかったらしく休日も度々、出勤していた。
そして大きな【土砂災害】がリュウジの地元、広島を襲う。
幸いにも、リュウジは東京に住んでいたし、実家も大きな被害を受けたエリアからは数キロ離れていて無事だった。
地元の広島が気になりながらも、平穏な日々を送っていたある日
携帯電話に一通のSMSメールが届く
普段、消費者金融の勧誘メールや出会い系サイトのメールがガンガン届くリュウジの携帯電話
相変わらず遊んでいたのだろう。
SMS?
090-35○○-28○○
誰だ?
メール送信者の番号に心当たりはなかったが開いてみた。
[突然で驚かせてしまったらごめんなさい。釣りのブログみて、きっと高橋くんだと。広島の災害でご実家は大丈夫でしたか?気になっていて。そよぎ]
(Real全文章)
ん?なんだこれ?
広島出身のリュウジは災害後に安否確認や実家を心配してくれた旧友等からメールをもらっていたが、そのSMSは意味不明なメールだった。
誰これ?
そよぎ?
もしかして・・・
そよぎともか?いや違うだろ、20年以上も前の話だし・・・
彼はあの「梵ともか」を高校3年の時の試合で見かけた以来、一度も見た事もないし連絡もとった事もなかった。
ましてや長い間地元を離れ、同級生とは疎遠になっていた
俺の電話番号なんか知らないはずだ。
もし、最後の3文字が名前の『そよぎ』だとしてもテキトーな名前で勧誘してくる【荒手の悪徳商法】か?
それとも、あの『梵ともか』は道を外れて昔の知り合いに片っ端からメールして何か悪い事してんのか?
リュウジはそう思っていた。
いや、待て、そうだとしても俺の携帯番号は絶対に解らないはずだよな
そう思いながらもリュウジは思い切って返信してみた
[そよぎって、梵ともかさん?]
これで一発回答が無ければアヤシイな。
リュウジはこの手の悪質なマンション購入の勧誘電話等の兄ちゃんを電話越しに弄ぶのが大好きらしい。
面白いお兄さんから電話が無いかと楽しみで仕方ない様子で待っていた。
すると・・・
[はい。やっぱり高橋くんだったんだ。]
返信が返ってきた
益々、解らなくなるリュウジ
この文面だけでは判断できないと考える
梵ともか、彼女だとしても何故?
アヤシイけど白黒をハッキリさせたいリュウジは地元の人間しか解らないレアな話しを混ぜて2・3やり取りをしてみたら、梵ともかだという事には間違いなさそうとだと感じる。
そしてリュウジは思い切って電話を掛けてみる事にした。
電話の向こう側から聞こえてきたのは
あの若かった頃のともかと同じ声であった。
リュウジは懐かしさと嬉しさでお互いの近況を報告しあったり、昔話で盛り上がったという。
ともかは、一流企業に就職し結婚もして大阪に住んでいた。
ただ、リュウジには1つ気になる事が有った。
『で、なんで俺の電話番号を知ってるの?』
ともかに聞いてみた。
土砂災害以降、ともかはリュウジの事が気になっていたという。
しかし、リュウジの連絡先を知る手掛かりになるものは1つも無かった
色々考えた挙句、ともかはリュウジが昔大好きだった釣りを思い出し、ネットで色々と検索したという。
そこにリュウジのブログらしき記事の中で電話番号を見つけた、ともか。
しかし、SMSという限られた文字数の中で伝えるのは難しい
【ともか】ではなく彼女のレアな名字、【そよぎ】を最後に入れる事でリュウジに伝わるかも知れないと。
そして、違ったらどうしようという不安になりながらも思い切って連絡してみたのだという。
それを聞いたリュウジは胸が締め付けつけられる思いだった
あれから25年
リュウジにとって、ともかは、数ある【淡い青春の物語】の中のひとりの彼女という存在だけであった
しかも、当時のともかは自分の想いを伝える事が出来ず、リュウジも同じようにともかの気持ちが解らないまま過ぎた時間
なのに、自分の事を心配していてくれた
擦れきった生活の中で久しぶりに感謝の気持ちが湧いてくるリュウジ。
しかし、彼は込み上げる気持ちを抑え、ともかに悟られない様に軽い口調で会話を続けた。
彼女は当時の本当の気持ちを伝えてくれた
それは当時リュウジが思っていたともかのイメージ、高飛車で冷静で自分に対する気持ちも良く解らないともかとは全く違うものだった。
考えられないくらい健気で一途だった中学生の時のともかの気持ちや行動を聞いているうちに益々胸が締め付けられたという。
それでもリュウジは
『バカだね~あの時素直に伝えてくれてたら、もしかして?』
『高橋ともか になってたかもね!』
『ああ、でも無理か!俺女癖悪いから!!』
笑い飛ばす様にそう言った。
ともかも笑いながら
『だよね、何となくわかる気がするよ!ジャーマネハンターだったんでしょ?』
そして
『わざわざ、ありがとう!じゃあいつかまた!』
リュウジはそう言って会話は終わったという。
こうして、高橋リュウジと梵ともかは25年の長い空白の時間を超えてようやく当時のお互いの本当の気持ちを伝えられたという。
しかし・・・
泣き声を押し殺して無理やり笑いながら話していたともかの声
それがどいう事なのか
ともかの涙が純粋に懐かしさだけではない事をリュウジは気付いていた
しかし、どうする事も出来ない自分をぐっと飲み込むことしか出来なかったという。
25年ぶりの【淡い青春の物語】は完結出来ずに終わりを迎えた。
そして、リュウジは久しぶりの東京湾にただ黙々と無心でルアーを打ち込んでいた
完
尚、この物語の人物名やその他の名称等は全て仮名である、その他は実在する人物の証言を基にしたRealなノンフィクション物語である。
おしまい。
横浜Bayアジング【新除去装置】
いつの間にか9月に入り秋らしくなってきた
【初秋】と言えば…
浜田省吾の【初秋 】
やっぱ↑コレだ。
今年は涼しくなるのが例年よりかなり早く、朝晩は快適、横浜アジングハイシーズンに向けて
【極タックル】準備完了の中村海猿です。
先々週から何かと忙しく、先週末はNOアジング
オマケにヘンな【物語】をアップしたので…
『海猿さん、頭大丈夫?ですか?』
『中村さん何かあったの?』
『とうとう壊れてしまいましたか?』
的なメールやメッセージを頂いたが…
【俺の人生5倍速】
まあ、色々な事があるし、何かと忙しい。
そんなもんで、【物語】をアップ以降は釣り仲間に連絡する事すら恥ずかしい心境。
ただ、【俺クラス】がプライドを捨ててでも柄にもない【物語】を書いた理由は察してもらえれば幸いである。
と言いながらも、そろそろ釣りに行かないと禁断症状が出て来る。
家族の前で【超不機嫌なオヤジ】になってきたので…
9月6日(土)~
【横浜ベイアジング】に行ってきた。
本当は金曜日の夜からの予定だったが、今一つ気分が上がって来ないので土曜日から。
前日、金曜日はかなり釣れた情報を入手して、鼻息もやや上向き。
土曜日、昼前に練馬の野人コブラ君に連絡
すると、彼は自作ロッドの2号機が仕上がったみたいで、その【沖堤仕様】スペックロッドのシェイクダウンの為、早々とスタンバッてるようだ。
しかも、電話越しに聞こえる彼の鼻息は近年、稀にみる強さ。
野人というだけあって普段から鼻息は強めなのだが、携帯電話が割れんばかりの強さである。
風速に換算すれば、風速20メートル級。
あの、鼻息の強さで有名な【カバ先輩】でさえ、風速MAX18メートルほどだ
20メートル級の風が吹けば、【レインボーブリッジ】が封鎖され通行止めになる。
仕事柄、それは勘弁願いたい。
まあでも、それは無理も無い
【俺クラス】でも、newロッドが仕上がれば、鼻息は3割り増しになる。
早速ロッドを拝見、野人コブラ君の2号機は、鼻息も上がっているが、クオリティーがかなり上がっている。
そんな鼻息の荒い野人コブラ君の車に乗り込んで、3時の船で横浜の第一新堤へ。
久々の土曜日の沖堤は人だらけ
ロッドを出すスキマを何とか確保したが、予報に反して正面からの爆風
しかし、暑い…
なので、即ビールを喰らい暫し休憩
すると、顔見知りのアングラーが続々と上陸してくる。
簡単な挨拶をして、またビールを喰らう俺。
上陸早々立て続けにビールをプシュッといわせるのは初めである。
俺はアジングしに来たのか?
酔いも回り【心此処に在らず】である。
しかし、アジングに関してそこはやっぱ
【俺クラス】
午後5時前、【俺センサー】が発動。
おもむろにロッドを掴み、アジングを開始した1投目…
ロッドは【俺のアジングロッド】
【RAJ.595.BSP】
所謂、【俺の】シリーズでは、沖堤向きとは言えないロッド
リールは購入から一年で、入院8回を超え、まともに仕事をしていない【イグジ1003】コイツが先週、1軍に復帰。
ポテンシャルは高いリールだし、常時1軍の実力はあるが、GIANTSの【高橋由伸】みたいなもんで、ケガばかりでなかなか仕事が出来ないリール。
ジグヘッドは【俺のJH】1,259g
フルキャストの後、26,254秒のフリーフォールで着底。
そして、5アクション後のテンションフォールで
『コンッ』
ボトムから23,214㎝上でのバイト
酔拳炸裂である。
おそらく、1mmでもレンジがズレていればバイトは得られなかっただろう。(大ウソ)
そのバイトの質からアジを確信
久々の横浜アジのバイトはやっぱり格別。
そこから爆釣がスタートする予定だったが、ヤツ等の群れは小さく、再現性は無い。
午後8時半
外房の熱い磯アングラー【じろう君】が上陸
彼は、風貌からは考えられない身体能力と熱いハートで 普段は外房の磯で青物やヒラスズキを追っている変態である。
しかも、横浜アジングは初体験。
なにやら、【俺のアジングロッド】に興味深々で、昼まで茨城で【スモールマウスバス】
に行ってからの参戦。
しかし、状況は最悪
彼の上陸と同じく上陸したかずとも氏3人で再び酒盛り
鼻息が13メートル級にまで治まった野人コブラ君は黙々とアジングを続行中。
しかし、前日と一変してアジの寄付きが無い。
それでも、いつか回ってくると思って頑張るがダメ。
しかも、雨が結構な勢いで降ってくる・・・
AM3時前(満潮前)
かずとも氏が久々のヒット!!
しかも、連発!!!
そのうちコッチにも回ってくるだろうと思っていたが、何故か?バイトすらない。
レンジはキッチリ探れているハズ。
『俺の腕が悪いのか?』
そんなはずは無いが、恥を忍んで確認してみる
『チョッとだけソコを撃たせてくれ』
これで釣れなければ明らかに【腕の差】
数投後、ようやくHIT。
その頃には既にジアイは過ぎていたのか?かずとも氏にもバイトが無くなる。
これで少しホッとする。
しかしながら、連発させるには【確実なアプローチの再現性】と【確実なレンジの再現性】が必要な状況であり、彼は完全に再現していたのは確かである。
結局、朝6時前にチョッとだけ回ってきただけで撃沈。
結局、釣果はこれだけ・・・
まあ、【居なきゃ釣れない】のが釣り。(俺クラス)

そんな久々の横浜Bayアジング
それにしても・・・
前日からの一変は?・・・
もしかして?・・・・
【新除去装置】発動??
誰??
やっぱ鼻息の強さから【新除去装置】はコブラ君という事にしよう!
そして今週末は
茨城、那珂湊港でアングラーによる清掃活動が実施されます。
自分も今のところ参加の予定です!
詳しくは・・・
茨城 AJING ! [不撓不屈 行脚の章]
↑こちらへ!!
同日に鹿嶋でも【カバ先輩】がプチ清掃活動を計画してますが、あくまでも当日のメインは那珂湊での清掃活動です。
カバ先輩、まぁさんは前日から鹿島入りして海猿家族やしまさん家族とサーフィン&ボディボード&アジングをかなり前から計画しており、自分としまさんが那珂湊の方へ参加するのでその間息子の洸介、しまさんの子供達の面倒をみてもらうという事で彼らは那珂湊での清掃活動には参加したくても参加できません。
という事で、那珂湊での清掃活動には時間等などの理由で都合のつかない方、鹿島でならば可能な方で集まり少しでも綺麗にして、アングラーに対するイメージを上げたいという思いです。
今回の那珂湊での清掃活動は福島エリアのアングラーも参加される?という噂もあり、多くの地域で広がって行けば良いと思ってます。
【誰がどんな趣旨で清掃活動を企画しても参加する】
そんなアングラーが増えればと考えてます。
という事で、週末は那珂湊周辺で朝マズメ勝負のち清掃活動
よろしくお願いします!!
最後に・・・・
高橋リュウジから、梵ともかへ
贈る曲
おしまい。
息を止めて血が出るまでやれよ俺…
唐突ですが、ハンドルネーム【海猿】は本日をもって終了致しました。
そもそものハンネの由来は、【海】と【猿猴川】。
【猿猴川】とは、広島市内に流れる6本の河川の一番東側の河川名。
7・8年前、毎日の様に海や猿猴川に釣行していた時に某雑誌の掲示板からスターとしたハンドルネーム。
最近は釣り場でお会いしたアングラーさんに、『海猿さんですか?』って言われる事に違和感を感じ始めていたので。
心の中では『いや、俺、中村ってんだけど・・・』
そんなこんなで、海猿は終了です。
これからは普通に本名の【中村】でいきたいと思います。
全国の中村さん、紛らわしくてすいません。
まあ、リアルな仲間内では、そう呼ばれてるので。
なので、釣り場で『海猿さんですか?』と聞かれた場合の合言葉として・・・
『いえ、海猿じゃないけど、彼は向こう側へ行ってしまいましたよ』
と、答える事にします。
ネット検索する場合は【中村 アジング】で検索してください!!
唐突ですが、報告終わり。
さて、土曜日に前代未聞の横浜での撃沈劇から1夜明け・・・
月曜日職場で、木・金の代休を消化せよ!との命令。
ぶっちゃけ、水・木曜日は横浜の渡船屋は全休なので代休なんざ欲しくも無いのだが、上官の職務上の命令は絶対服従の世界。
極端な話し、職務上の命令で・・・
『お前、死ねよ』
と言われれば、
『天皇陛下万歳!!』
と言いながら死ぬ俺。
万歳!と言うかどうかは解らないが死なないといけない世界である。
という事で、木・金曜日が代休となる。
ふと、火曜日の風速予報を見ると微風の予報。
木・金は渡船なし
と・い・う・こ・と・は・・・・・
火曜の仕事明けから翌朝までの釣行が必然?だろう。
いや、得意の【釣りに行く大義名分】が成立だ。
定時の1715、そこから猛ダッシュ
市ヶ谷~練馬~横浜間、約80㎞
市ヶ谷~練馬の自宅までは電車と徒歩、そしてタックル準備して・・・
自宅発は1830
過去最高記録更新!!
当然、晩御飯なんぞ食べてる時間は無いのだが・・・
そこは【俺クラス】の妻。
昼に釣りに行く事を伝えると、自宅を出るまでにはちゃんと晩御飯用の【お弁当】が出来上がっているのである。
全くもってデキの良い妻である。
そこから猛スピード時速180㎞!!で湾岸線をぶっ飛ばす。
そんなワケはなく、法定速度を遵守して80㎞で。
デキの良い妻のお陰でスタートダッシュに成功して横浜に到着はPM1930
今季のRECORDタイムを樹立!
時間に余裕があるので愛妻弁当を開けてみると・・・
ん?
やけに量が多い・・・
『俺は牛か?』
という位の【生姜焼き】の量。
なるほど・・・
『今日の晩御飯と、翌日のお弁当分を処分しなさい』
『余らせたら勿体ないでしょ!』
その愛妻弁当からは、そんな力強いメッセージが伝わってきた・・・・
それでも、その半端ない量の弁当を4分32秒で完食する俺。
仕事柄、【メシ】・【フロ】・【クソ】は迅速でなければ命を落とす可能性は大きくなる。
はい、ここまで!
仕事を終え、帰宅~横浜移動~お弁当を食べ終わるまで・・・
【息を止めて、血が出るまで】
そんな感じの必死の横浜アジング。
PM2030
船に乗り込むのは俺のみ。
これは?完全無人島制圧か?
そして・・・
綺麗にライトアップされたベイブリッジを抜けると、そこは正に・・・
無人島
所謂、【完全個室】である。
久々の【完全個室】、ココにいるアジは全て俺のモノ。
風は正面【東】の4~5M
JH単1.2gからのスタート
が・・・
居ない。
1時間ほどを費やし、3M間隔で移動しながら全レンジを調査するが・・・
ヤツは居ない。
1時間かけて調査が終わるころには最初のポイントに・・・
『アジが入って来たんじゃないか?』
【完全個室】故の疑心暗鬼と妄想。
しかし、
それでもキッチリ3時間、【完全個室】故の集中力で・・・
【息を止めて、血が出るまで】
やってみた。
が、NOバイトのまま遂に俺の心が折れる。
そう言えば昨日は中秋の名月。
古来、日本人が観月を楽しんできた「中秋の名月」。例年は9月中旬~10月初旬だが、今年は9月8日と、38年ぶりとなる早い時期に訪れる。まだ暑さも残るなか、秋の風情を楽しもうと、異例に早い十五夜イベントが、各地で企画されている。
毎日新聞から引用
そして今日は・・・
【スーパームーン】
スーパームーン(Supermoon)とは、満月 または新月 と、楕円軌道 における月 の地球 への最接近が重なることにより、地球から見た月の円盤が最大に見えることである。天文学 的に外からの視点で説明すると、太陽-地球-月系において、月が地球に対する近点 (近地点)にあると同時に、太陽と地球に対し月が衝 (望)となった時の月のこと、である。「スーパームーン」という用語は、天文学ではなく、占星術 に由来する[1] 。月は地球の潮汐に関与しているため、スーパームーンによって地震や火山噴火の危険が高まるとの主張もあるが、それを示す証拠はない。
最も最近は、2014年9月9日に生じた。次は、2015年9月28日に生じる。
Wikipediaから引用
そう、この日は9月9日だ。
究極のタイミングで来たって事だ・・・
ならば、【スーパームーン】を肴に飲む。
飲みながら携帯を弄ってるといつの間にか意識不明・・・・
AM4時過ぎ。
寒さで目が覚める。
おもむろに撃ってみると
AM4時半過ぎだったか?ようやく1本目
1時間後2本目
やっぱ群れは少なく小さい。
完全に夜が明けて撤収前に
AM0610
落とし込みの餌師やシーバスマンが上陸と入れ違いで撤収。
結局、釣果はこの3本のみ。
【息を止めて、血が出るまで】やってこの有り様である。
正直、辛いね~
でも、それだけやってみてから薀蓄は語りたいのである。
というか、【息を止めて血が出るまで】の釣行はまだ終わっていない
この後、37秒で通勤スタイルに着替え、運転しながら髭をそり、何事も無かったようにいつもの様に【澄ましたツラ】でAM0730には出勤するのである。
そして・・・
今、PM2335、記事を書き上げた時
【息を止めて血が出るまで】の俺のアジングは完結する。
おしまい。
追伸
こんなところで書くのは躊躇しましたが、カバ先輩の身内に不幸がありました。
それだけ、報告させていただきます。
茨城清掃活動&サーフィンアジング【俺の5倍速×2】
【俺の人生5倍速×2】で3日間飛ばし過ぎにより、意識不明寸前の為、画像で誤魔化す今回の記事。
失礼。
土曜日昼過ぎに鹿島IN、本当は家族全員でサーフィン&ボディーボード&清掃活動&アジングの予定が洸介の体調不良により俺独り行動。
アジング?何それ?
今回の鹿嶋IN目的はただ一つ
◎初サーフィンで1本目の波でテイクオフを成功させる
まあ、【俺クラス】の身体能力と、運動神経なら可能なハズ。
しまさん親子、チャラまぁさんと準備
この男が今回のチャラ塾(サーフィン部)の講師、まぁさん
準備体操~サーフィンの基礎の基礎の基礎を教わる。
ハッキリ言って・・・
『どうでもええから、早く海に出させろや!!』
と、内心思いながらウズウズしながら、まぁ講師の薀蓄を聞く俺。
そして・・・
完全防水のカメラは臨場感出るね~
一通り、テイクオフまでの動作を講師から教わりイメトレ動作完了!!
どんな波が良いのか?良く解らないが1本目の波を待つ。
そして・・・
サーフィン初挑戦の1本目で【俺クラス】の実力を証明する波が来た!
プレッシャーの中・・・
グイッと体を持ち上げたが・・・
ボードの推進力を得ることなくドボン!・・・
【俺クラス】=死亡
まあ、所詮【俺クラス】じゃダメだったと・・・
ショックを受けていたが、それを見たまぁ講師、しまさんは俺を指さして笑っていたのは俺は知っている・・・
しかし、この時すでに【何故ダメだった】のか、自分の体で感じとっていた。
そして2本目・・・
1本目の失敗から学ぶ俺は・・・
サクッと!!!
テイクオフ成功!
俺クラスは偏光付けたままで乗る。
しかし、1本目で乗れなかった俺は嬉しくも何ともない・・・
1本目で乗れれば、その上は無いのだが2本目だと1番にはなれないから。
まあ所詮、【俺クラス】は大した事は無いということだ。
しかし、サーフィンって面白い!!
流石、まぁ講師↑余裕ブッコいて乗りやがる・・・
しまさんは・・・
足が吊ったの?
正座サーフィンしてたような・・・
子供達はボディボードで遊び、オッサンはサーフィンで夕方まで遊び・・・
身体がボロボロに・・・
海に入った後のカップラーメンは最高。
夜は・・・
ここで番長さん合流で、暫し酒を食らい
PM9時半、早めに寝る。
AM3時起床
この日は【茨城清掃活動】に参加の為移動。
しまさんと、番長さんで那珂湊へ・・・
朝マズメを撃つが、しまさんの1本のみ。
俺は・・・
サッパのみ・・・・
そして清掃活動へ・・・
MoRiTaさんの挨拶から始まり、4班に別れて開始。
思ったほどゴミは無かったけど、やっぱHOTポイントは存在する。
暑かったケド皆さんの動きは良いね~!
大量のゴミ
100%のゴミを拾う事は出来ないが、その姿を目にしたアングラーや漁港関係者や当然清掃した人間の【意識】は変わるハズ。
今回のこの清掃活動には総勢約50名もの参加があり、また遠方福島の美女2人組の参加や、多くの子供達も参加。
好きなメーカが企画してるとか、してないとか関係なく・・・
純粋な【釣り好き】、釣り場に対する危機意識の高いアングラーや、その家族や友達も集まった。
自分はこの清掃活動を通じ、これまでブログ内でしか知らなかった方々とも面識を持てたし、色々なお話しをする事で有意義な活動になったと感じる。
今後も各地でこんな活動が増えていけば、少しでも多くの釣り場を残せるハズ
微力ではあるが、我々アングラーに出来る事
やるしかないよね?
この活動を企画実行されたMoRiTa様、執行部の皆様、参加された皆様、お疲れ様でした!
今後も極力参加させて頂きたいと思います。
清掃活動は以上です。
そして再び鹿島へ
暫し休憩後、MAKOさんとアジングへ・・・
というか、未だにアジは釣っていない俺。
そのままサーフィンでNOアジングで撤収するつもりだったが、やっぱアジを釣らずに帰るワケにはいかない。
PM3時前
7gキャロフルキャストで。
AJ72が久々に仕事をする。
さとさんや、BOXさんも合流、爆釣か?
これなら30分ほどで20本ほど確保してサーフィンへ!!
と、思っていたが後が続かず・・・
そこへ、救世主ロコのNさん
Nさんのガイドで移動。
しかし、釣れ始めたのはPM6時過ぎ・・・
30分ほど楽しんで撤収。
帰りに、しまさん親子、まぁコンビと反省会と今後の話しをして・・・
PM10時30分帰宅。
この記事に登場して居ない方々、清掃活動でお会いした方々、
そして、最後に、鹿嶋でプチ清掃活動を企画実行したチャラまぁさん、参加された方々
改めて、お疲れ様でした!
【5倍速×2】
それくらい内容の濃い3日間
身体はボロボロだが、充実した3日間となった。
2日間じゃないの?
って?
いや、3日間である。
それと・・・
ハンネ無しの中村って、困惑される方が多いので期間限定で(海猿)を付けときます。
おしまい。
9月16日といえば・・・
中村彩楓(いちか) 満1歳の誕生日!
ガッツ石松似だった彼女も・・・
今では・・・
まだ歯は6本しか生えていないが・・・
可愛くてしょうがないね
将来は妻を超えるくらいの良い女になるだろうきっと・・・
妻は頑張った!
キミはサウスポーですか?
隣の洸介は無表情で黙々とケーキを食らって
恥ずかしいからか、彩楓の事を名前で呼ばず…
『この人』
とか
彩楓をそう呼んでいるが…
俺は気付いてんだよ…
最近の洸介が彩楓を見る視線に、兄貴としての優しさが溢れていることを。
【俺クラス】のお父さんになると気付いてんだよ。
彩楓
とにかく、キミ達には強く生きる力を備えた人間になって欲しい
他は何も望まない
お父さんの願いは
ただそれだけだ
おめでとう!
【淡い青春の物語】友
本格的に【秋】を感じる今日この頃
スポーツの秋
読書の秋
食欲の秋
秋を形容する言葉は沢山あるが、俺にとっての【秋】といえば
傷心の秋
じゃなくて
アジングの秋
ススキの穂が風に靡く少し肌寒い秋の夕暮れ時
二十歳過ぎたくらいから、その瞬間に秋を感じ、同時に過去を思い出し【せつなさ】を感じる。
話しは変わり、ここ数週間の間に心を動かされる出来事が例年になく多くあった。
今回の【物語】は、その心を動かされた事の一つである。
【淡い青春の物語】 友
1981年
河野裕樹(仮名)
リュウジと裕樹は小学5年生の時、5年5組で出会う。
裕樹は身長もあり、足も速かったしワイルドな男で、チョイワルな少年だった
小学生の頃の高橋リュウジも6クラスある学年でも屈指のワルガキだ。
そんなリュウジの事を裕樹は
『小さいくせに偉そうなヤツ』
『小さいくせに運動神経抜群だなアイツ』
『ワルい事ばかりしてやがる』
『でも、アイツちょっと面白いな』
『勉強出来ないのに偉そうなヤツ』
そう思っていたらしい。
リュウジと裕樹が5・6年生で同じクラスになった理由。
リュウジが小学生3.4年生の時の担任の先生は『加藤先生』っていう若くて可愛らしい女の先生だった
この頃からリュウジはデタラメな小学生生活が始まった
3年の時
クラスの男子は約20名、そのうちの半分ちょっとか?
クラスの超真面目な男子以外、15人くらいだったろうか。
給食が終わって休憩時間に、彼はクラスの男子を引き連れていつもの様に校庭でドッヂボールをしていた。
昼の休憩が終わり普段なら掃除の時間になるのだが
リュウジはみんなにこう告げた
『掃除と五、六時間目の授業、めんどくせぇよな?』
『今から、山で隠れてて、六時間目の授業が終わったら教室の荷物を持って帰ろうぜ』
『みんなどうする?』
『とにかく、俺は授業をバックレるから着いて来たいヤツは俺について来いよ』
今になって考えると、【浅はかな作戦】である。
普通に考えれば、生徒が居なくなれば先生達は必死で探しに来る
しかし、当時のリュウジはそんな当たり前の事さえ思いつかなかった。
浅はかなリュウジの提案だったが、一緒にドッヂボールをしていた全員がリュウジについて行った
その中でもマズいと思ったのか罪悪感からかソワソワしている友達も数人いた
リュウジは、お構いなしで雑木林の中でみんなとワイワイと話しをしていると
友達のひとりが
『リュウジ、誰か来た!』
『ヤバい、先生や他のクラスのヤツらだ!』
リュウジはとっさに
『やべぇ!みんな、逃げろ!』
100m先には隣のクラスの先生や生徒数十人でリュウジ達を探しに来る姿を発見
みんな急いで散らばって行く
そして先生と他のクラスの男子と女子がリュウジ達を追い掛け回す
【リアル鬼ごっこ】が始まった
友達は次々に先生や生徒に捕まり教室に連れていかれてしまう。
そして残ったのはリュウジ独りだけ。
リュウジは誰が追いかけて来ようが絶対に捕まらない自信があった。
しかし
同級生は近くに居てもリュウジを追いかけもしない
先生すらリュウジを捕まえようとしない
このまま逃げ切れるリュウジだったが
【誰も俺の事を捕まえようとしない】事実
『なんでみんなは俺を捕まえようとしないの?』
リュウジは少し寂しくなった。
そして独りぼっちになった彼は自ら教室に向かった。
その頃、別のクラス、【梵ともか】と隣の席だった裕樹も色々とワルさをしていたらしい。
この時、裕樹はともかの事が好きだった
30数年後に彼はリュウジにそう話してくれた
小学3.4年生で手のつけられないほどのワルガキ
そんなワルガキ共は5・6年生のクラス替えの時に、学校屈指の暴力教師のクラスに放り込まれる。
高橋リュウジと河野裕樹、こんな理由で5年生の時は剛腕教師率いる【浜崎学級】で同じクラスに放り込まれた。
初めの頃の裕樹はリュウジの規格外なワルさに戸惑いと共に憧れを感じていたという。
しかし、リュウジも裕樹も小さい時から釣りが好き
次第にリュウジと裕樹は仲良くなっていく。
裕樹の実家は歴史のある大きな家だった
遊びに行けば必ず裕樹のお母さんが、美味しいお菓子やジュースを出してくれた。
裕樹は山女魚をルアーで狙ったり、リュウジの未知の釣りをしていた。
小学生ながら高いリールやロッド、ルアーを沢山持っていた。
裕樹はお金持ちのボンボン
そんなイメージをリュウジは持っていた。
一方、リュウジの家庭は共働き、3時のおやつなんか有り得ない環境であり、ルアー釣りなんかやった事も無かった。
そんなリュウジは裕樹の家庭を羨ましく思っていたという。
リュウジと裕樹が本格的にバス釣りにハマったのは6年生だったろうか。
バス釣りに通っていた中学生の時は優しい裕樹のお母さんが、高級車ソアラでリュウジの家まで迎えに来てくれて近くの駅まで連れて行ってくれる
そこから電車に乗り、広島駅から乗り換え、そこからバスに乗って東広島の有名な湖でバスを爆釣させていた。
帰りも、駅まで裕樹のお母さんがいつも迎えに来てくれる。
裕樹のお母さんは本当に優しかった。
別々の高校になってもリュウジと裕樹はブラックバスを釣りに行くときはいつも一緒だった。
高橋リュウジと梵ともかが付き合っていた高校生の時、
リュウジと裕樹、哲也と3人の彼女達とブラックバス釣りデートをしたのもこの時期だった。
裕樹とは自転車に乗って2人で片道3時間かけて山奥に山女魚を釣りに行ったこともあった
高校の頃は、リュウジと裕樹は会うたびに、いつも【腕相撲】の勝負をする。
右手勝負はいつも裕樹が強かった、左手ではリュウジが勝っていたのだが、右手で勝てない事が悔しかった。
負けず嫌いな2人はお互いに意識し合ってたのだろう、
力=強さ、そんな年頃だった。
高3クリスマスの夜にはリュウジの家に仲間が集まり大宴会だ
リュウジのお父さんが夜勤だったので、勝手に高級ウイスキーやブランデーを一気飲み。
酔いつぶれた仲間の1人が階段を四つん這いになって、頭から降りていくという爆笑シーンは未だに鮮明な記憶で残っている。
リュウジと裕樹
小学5年生からずっと親友として過ごしていた。
しかし
高校を卒業してリュウジは就職、裕樹は九州の大学へ
それを機に次第に疎遠になってゆく
それでもお互いの結婚式には参加し、年に数回は連絡を取り合っていたのだが・・・
就職し、結婚してから裕樹の生活が少しずつ荒れてきているのをリュウジは知っていた。
たまに電話がかかってくると、いつも裕樹は酔っぱらっていた
『おい、りゅうじ、今から飲みに来いや~』
酔った勢いで大口を叩く裕樹の事がだんだん鬱陶しく思えてくるリュウジ。
それでも話をしてみると、裕樹はチンピラまがいの事や法に触れるギリギリの事をやっているようだった。
『おまえ、酒飲んでやりすぎじゃないか?』
『話すなら素面で電話して来いよ』
リュウジは電話の度に裕樹にそう言っていた
20代に1度離婚を経験したリュウジは怖いモノは何もなかったし、好き放題に生きていた
しかし、裕樹はそれ以上に荒れていた
20代後半、家庭も持ち、子供も2人いる裕樹のその無茶苦茶な言動にリュウジは裕樹と決別する事を決めた。
『コイツとはもう終わり』
『いい歳してやりすぎだろ』
リュウジは2度と裕樹からの電話に出る事もなかった。
1981年~2001年
20年来の小学生の頃からの親友、リュウジと裕樹の友情は完全に終わった。
時は流れ2014年9月
梵ともかは常識を超える不遇な結婚生活を送っていた
親にも言えない事、誰にも言えない不遇な結婚生活をリュウジには話してくれた
20年間ずっと我慢して人生をあきらめる程の苦しみや悲しみでボロボロになっているともかの事を知ったリュウジは悩んでいた。
話してくれた事に対し、リュウジは嬉しかったと同時に、何とかしてやりたいと考えていた。
しかし、ともかは
『我慢するからいいの』
『もう私の人生は終わってるの』
『だから、このままでいいの』
ともかは今の現状から変わる気はなさそうだった。
リュウジは、ともかと話しているうちに、ふと裕樹の事を思い出す。
そして
何年振りだろうか、久しぶりにリュウジの方から広島に住む裕樹に電話をしてみた・・・
しかし、裕樹は電話に出ない
『また酒でも喰らって遊びまわってんだろうな』
リュウジはそう思って電話を切った。
翌日朝6時、裕樹からメールが入る
内容は近況が3行だけの短いメール
しかし、その裕樹からのメールを見た瞬間にリュウジは感じた。
『コイツ、変わったな』と。
ガラにもない絵文字と穏やかな文面
朝早い時間であったが、メールを見たリュウジはとっさに裕樹に電話した
『おう、元気か?』
5分くらいの短い裕樹との会話だった
しかし、その会話で【いい男】になっている裕樹を感じとっていた。同時にリュウジはこれまでにない嬉しさが心から込み上げてきた。
裕樹も離婚していた
色んな苦労をしていた
彼はこの歳で孫がいた
親権のない息子も大事にしていた
新たな子供も大事にしていた
アイツには似合わない趣味のガーデニングの写真もくれた
全て自業自得と己の責任において立派に今を生きていた
リュウジと話す時も、穏やかで、懐の深さを持って、優しくなっていた
リュウジが思っていた荒れ狂う裕樹とは別人になっていた
『お前、変わったよな』
リュウジがそう言うと
裕樹は
『変わったんじゃない、帰還したんだ』
と言っているが・・
裕樹は本当に【いい男】になっていた。
そして10数年ぶりにお互いの思いをぶつけあう
リュウジを【お前】と呼ぶ友達は裕樹しかいない
裕樹の言葉使いは乱暴だが、以前と違い言葉の中に優しさを感じた。
何よりも、
裕樹の言葉はリュウジの心にスッと入ってくる
それは、失敗と絶望、多くの苦悩を乗り越えてきた人間の言葉であるからに違いない。
リュウジは思い切って、梵ともかの話しをした。
裕樹は思わぬ角度からリュウジにアドバイスをしてくれた
そんな裕樹の言葉と、若い頃の思い出話しをしているうちにリュウジは自然と涙が溢れてきた。
一度は離れた親友
それでもこうして解り合える日がくる
リュウジは己の懐の浅さを痛感すると共に、人間は傷つき打ちのめされ、それを乗り越えた時は本当の優しさを備えた人間になる
そう感じていた
リュウジと裕樹
ガキの頃と同じように・・・
本当の男同士の親友として
これからを楽しみにしている。
そして
梵ともか
諦めかけていた人生
彼女も新たな道を歩み始めた
梵ともか、河野裕樹
奇跡的な2人との再会
期待と不安、そして葛藤の中、リュウジはこれからの自分の人生について考えていた。
【淡い青春の物語】 友
完
そろそろ本格的に・・・
明日、日曜日は勤務
昨日、横浜アジングに出撃を試みるが、所用で遅くなり断念・・・
無事に上陸したK・Cコンビはかなり楽しいアジングが出来たようだ・・・
という事で、野人コブラ君の【除去装置】は本日をもって解除。
そして昼間は久々にロッドビルド
↑これくらいのモノと2エポが有ればロッドは組めます。
新たなブランクが入らないのでイマイチヤル気が起きず途中放棄。
さて、東京に転勤してきて4年半が過ぎた
それに伴い、勤務内容が【サラリーマンクラス】の身体を使わない仕事になり・・・
俺の人間殺傷能力が低下。
まあ、仕事の内容のせいじゃなくて、サボってただけなのだが。
おかげでその辺の普通のオジサンとあんまり変わらない殺傷能力になってしまった・・・
それは即ち、税金泥棒を意味する。
常に日本を守る為に我々の殺傷能力はプロフェッショナルでなければならない
練馬のK・Cコンビのかずとも氏は所謂、その道の師範である
先週から始まった格闘訓練
思うように身体が動かない・・・
以前のキレが無い・・・
それでも【俺クラス】なので、周りに比べればキレの有る動きなのだが、自分自身が納得できない。
その理由は色々あるが、やっぱり太ったからだろう。
東京にきてからの4年半で最大8キロ増
しかも筋力は低下・・・
もはや、【デブ】の領域に突入しそうな勢いは否めない。
どれくらい変わったかというと・・・
↑東京へ来る前
それが・・・
この有り様・・・
すいません、デブ画像はパクリました。
さておき、来年からは所謂、戦闘員に復帰する。
このままじゃ、後輩に示しがつかないし・・・
『どうしたんっすか?中村さん』
『24時間戦えますか?』
『なんですか?その体?』
そんな風に成るのは目に見えているので・・・
ロッドビルドもとい、ボディビルドを本格的に始めてみた。
夕マズメは近くの光が丘公園へ
先ずは1時間ほどランニングから開始!
すると・・・
うん?なに?マズメに活性が上がったか?
近寄ってみると・・・
おいおい、ニワトリが公園で遊んでいるじゃないか・・・
獲って毟って食ってやろうか?
一瞬脳裏をよぎるが、そこは得意の野人コブラ君に任せておこう!
というか、公園にペット?を捨てるバカが居る事に腹が立つ。
ヒナを買って大きくなったら手に負えなくなって逃がしたのだろう
死ぬまで飼えよ!
飼えないのなら食え!
それが人間の最低限の責任だろう。
さておき、久々に本気で体を追い込んでみた
やっぱ全ての筋力の低下を実感した・・・
目標は・・・
体重62キロ
体脂肪率15%以内
いよいよ追い込まれてきた・・・
というか・・
やるよ俺は。
おしまい。
34家邊社長VS中村(海猿)
9月23日(火)
前日の横浜アジングから連日の横浜入り
横浜スタジアム近くの傍のとあるお店で
アジング界の巨匠、34家邊社長さんと約2時間ほど
二人だけの極秘対談
極秘でもないが
独りのアングラーとして
色んなお話しをさせて頂いた
帰り際に・・・
『アジング界を震撼させましょう!』
という事で・・・
有りえない2ショットを。
有名人との写真は絶対に撮らない頑なな俺が
画像を記事にUPした理由
頭の良い読者なら解るだろう。
という事で、何かが動き始める
と、意味深に書いてみた。
さて、本日はこれから始発で・・・
【やり残した仕事】にケリを着けるべく新大阪入り。
ちなみに、前日のアジングで【新除去装置】の存在を認識。
それは・・・
俺だ。
おしまい。
横浜アジング【凡人クラス】
超鮮度の悪い釣行記事
9月22日(月)
最近、10数年振りに【俺の釣り熱】が【凡人クラス】並みに下がった。
親父が亡くなっても、祖父、祖母が亡くなっても、彩楓が産まれても転勤しても
【俺の釣り熱】は微塵も変化することなく、常に300℃を超えていた。
普段の生活において思考の八割は【アジング】
常に【アジング】について考え、行動し、情熱、時間、お金、全て【アジング】に費やしてきた。
まあ、好きでやってるのだから、そこに苦労や我慢というものはない。
生活の基準が【アジング】であり、最優先してきたのも【アジング】だったワケなのだが…
今や【凡人クラス】並み
【俺の釣り熱】は75℃まで低下
それは悪い事じゃないし、むしろ当たり前の人間の心境に近づいたのかも知れない。
熱が下がった理由は感受性の優れた読者ならば気付いているだろう。
そう!ガキの頃一緒だった二人の存在に感化・共感しているから。
あれだけ動かなかった【俺クラスの熱量】が自身で意識することなく変化するという事は奴等の存在は俺にとって【本物】に間違いない。
ただ、このブログは【アジング】のブログ
最近の俺の胡散臭いナルシスト記事連発でアジングに期待してアクセスしてくれた読者は残念に感じるだろうね?
まあ、【俺クラス】になればアジングの考察記事やロッド理論や圧倒的釣果はいつでも出せる。
長い前置きは置いといて釣行記に
久しぶりに【ヤル気スイッチ】がONになった月曜日
前日は爆釣してるし、サイズも良くなっている横浜アジ
釣り熱も231℃まで上昇、PM3時には横浜第一新提へ。
明るいうちは?どうだった?記憶すらないが釣れてなかったと思う
スタメンタックルは
全て【俺のアジングロッド】シリーズ
MagnumCraft
0.9gJH単用に
◎5917ブランクに17㎝チタンティップ
0.6gJH単は
◎8626ブランクに1mmの(ヤバいよこれ)チタンティップを19センチ
1.2gJH単用
◎神田の桜釣具の安い1500ブランクにチタンティップ
サバ・丸アジごぼう抜き用に
◎1130ブランクにショートソリッドティップ
PM5時
ナイスサイズの27㎝
PM6時爆風10M
この日は東風
東風は釣れないというジンクスがあるようだが、【俺クラス】には関係ない
と
思っていたが、釣れない
何故?東の風はダメなのか??
諸説、薀蓄を語るアングラーも居るが、定かではない。
1つ言える事は
【そこにアジは居なかった】
という事実だけ。
爆風10M級が止みそうもなく、アジも居ない
朝までやるつもりだったが、釣り熱は76℃まで低下し、PM8時半の便で撤収。
所謂、【凡人クラス】の釣行。
そう、普通のアングラーの感覚で帰っただけ。
しかし・・・
久しぶりにムカついた釣行。
釣れない、風強い
そりゃあムカつくわな。
早く・・・
【釣れなくても楽しかった!】
みたいな
仏の道を極めたようなアングラーに成りたい今日この頃。
まあ、そん時は・・・
誰も感化出来ない低体温のアングラーに成ってるハズだ。
そんな崇高なアングラーには成れないね
というか、成りたくない俺。
今日の【名言】
あなたが今、夢中になっているものを大切にしなさい。
それはあなたが真に求めているものだから。
- エマーソン -
(米国の思想家、哲学者、作家、詩人 / 1803~1882)
愛する方法は1つじゃない
大丈夫、キミも大切にするさ。
おしまい